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一生一石

愛犬とイシコロのお話

しろばんば

文学・芸術

しろばんば




 しろばんば 井上靖 




その頃の、と言っても大正四、五年のことで、今から四十数年前のことだが、

夕方になると、決まって村の子供たちは口々に ゛しろばんば、しろばんば゛と叫びながら、

家の前の街道をあっちに走ったり、こっちに走ったりしながら

夕闇のたちこめ始めた空間を綿屑でも舞っているように浮遊している白い小さな生きものを

追いかけて遊んだ。

素手でそれを掴み取ろうとして飛び上がったり、ひばの小枝を折ったものを手にして、

その葉にしろばんばを引っかけようとして、その小枝を空中に振り廻したりした。

しろばんばというのは、゛白い老婆゛ということなのであろう。

子供達はそれがどこからやって来るか知らなかったが、

夕方になると、その白い虫がどこからともなく現れて来ることを、

さして不審にもおもっていなかった。

(井上 靖著 「しろばんば」 冒頭より)



z 斉白石 水墨蝦図 川蝦・手長エビ-1 



 「しろばんば」は、大正時代がはじまったころの伊豆の田舎町が舞台です。小学校の中学年ほどの少年が主人公です。少年は、土蔵で曽祖父の妾であったおばあさんと二人で暮らしています。少年の父親は軍医で師団がある遠くの町で暮らしていました。両親や弟妹から一人はなれて、のどかな村で暮らす少年の物語でした。

 「しろばんば」には印象に残っている場面があります。土蔵の隣には、上の家がありました。上の家は少年の母親の生家でした。上の家には、さき子という女学生くらいの年の娘がいました。少年は、よく、さき子に共同浴場で体を洗ってもらっていました。さき子が、二階の一室にこもりっきりになります。少年が二階に上がろうとすると、上の家の祖母から固く止められます。さき子は、肺病でした。

 少年は家の人の目を盗んで、二階に上がりました。さき子ねえちゃんを一目見ようとします。部屋の内側からは、来ちゃダメというさき子の声が聞こえます。少年が、我慢しきれなくなり、障子を開けようとします。四つある障子をどのようにして内側から押さえているのか、少年があちこちを開けようとしてもどこも開きません。さき子は、村を離れました。転地先で死んでしまいました。

 「しろばんば」は、三人称で語られる物語ですが、語り手の視点は少年に固定されています。地の文で少年以外の登場人物の感情が描写されることはありません。物語は、一貫して、少年の視線をとおして語られます。ストーリーは、少年が見聞きした世界に限定されます。

 さき子の部屋の前で障子を開けようとする場面は、ものかなしくせつない場面ではあるのですが、幼い少年は、人生には避けることができない宿命があることも、これから何でもできる盛りを迎えようとする年で何もしないままに命を終えてしまう人間たちがいることも知りません。「開けて」、「ダメよ」の押し問答をしながら、少年は、唐紙一枚をへだてて、さき子とふざけあっているような気持ちになります。さき子が突然、障子を開けて少年の頭をこつんと叩いたときは、あっけにとられましたが、あとから少年は楽しく思いました。障子が再び閉められたあとの「帰りなさい」という声が、有無を言わせぬ厳しいものに感じられたことが添えられていました。


z 斉白石 水墨蝦図 雲鶴山房花箋(3)[1] (2)


 「しろばんば」は、少年が冒険したり、事件が起きてピンチがおとずれたり、ドラマが積み重なって物語が展開するというタイプの小説ではないと思いました。少年を溺愛するおばあさんには深いドラマがあることが暗示されますが、最後まで、老婆の物語は何も語られませんでした。村の子どもたちや年の離れた大人たちとの暮らしの中で、少年が何を見て、何を感じたのかが書かれていました。

 「しろばんば」は、ラスト・シーンがとても心に残りました。少年は、小学校を卒業する直前に、町に転校することになりました。ちょうど少年に第二次成長がはじまったころでした。村を出る前の日に、いっしょに育ってきた友だちと共同浴場にいきます。少年は、友人たちが将来を真剣に語るのを聞いたり、昨日までいっしょに遊んでいた少年がいつか村を出ると考えていることを知ったりします。でも、そんな友人は、バスに乗って村を出て行くときには、離れた場所にいて声をかけてくれませんでした。駅の待合室を出て、あたりを歩きながら時間をつぶしているときに、少年は場末の風景を見ます。場末の風景を見て、少年は、生まれてはじめて、それが「わびしい」ものであることを感じました。そんな場面で終わる小説でした。




z オモダカ-1



 イシコロコメント



井上靖は自伝的な小説をいくつか書いているが、「しろばんば」は彼の幼年時代を書いたものだ。井上が特異な幼年時代を過ごしたことは、彼の母親とのかかわりを描いた映画「わが母の記」で知ったところだった。映画ではちらりとだけ言及されていた「おぬい婆さん」との共同生活が、「しろばんば」では実に情緒豊かに描かれていて、読みながら大きな感動に包まれた。

映画「わが母の記」は、作家として成功し68歳の作品だから、作家の純粋で初々しい感性が消え、感動させる場面など技巧・衒いに走り鼻に憑く場面も多くあり、筆力・出来栄えはB級であろう。
樹木希林のまだらボケの名演技に援けられて、映画として成功している、と言っても過言ではない。


感動の湧いて来る源泉は、一つには、小さな少年が暖かい人間関係に守られながら、ゆっくりと成長していく過程で漂ってくる詩情のようなもの、もう一つは、少年が生きた時代の日本という国のあり方が、現在の日本に生きる我々に呼びかけてくる、何とも言えないノスタルジックな気分のようなものだったと思う。

井上靖の幼年時代だから、この小説がカバーしている時代は大正初期、舞台は伊豆の山奥にある小さな村湯ヶ島だ。湯ヶ島といえば、今日では温泉街として知られているが、大正の初期には、全くの寒村だったことがこの小説からわかる。その寒村の中で、少年は濃厚でかつ暖かい人間関係に包まれながら、少しづつ、急がずに、ゆっくりと、成長していくのだ。その成長の過程が、読者にとっては、思わず自分のことのように、いとおしく感じられるというわけなのだろう。

少年をとりまく人間関係の中で、中核となるのはおぬい婆さんとの共同生活だ。おぬい婆さんは、少年の曽祖父の妾だった女で、その曽祖父が、少年の母親である自分の孫娘の養母というかたちにしてやって、家屋敷を与え、晩年の生活を保障してやったという経緯があった。曽祖父は、自分に一生を捧げてくれた妾に報いてやったわけなのだ。

だからおぬい婆さんは、少年にとっては養い上の祖母と言うことになるが、実際には、少年はそんな風には思っていないし、周囲もまたそんな風には認めていない。あくまでも、曽祖父の妾として、曽祖父の家はもとより、様々な人々に厄介を掛けてきた一人のよそ者の老婆に過ぎない。

そんな老婆と、少年が二人だけの共同生活をするようになったいきさつは、ちらりと言及されているだけで、そんなに深くは説明されていない。ただ、少年にとって、おぬい婆さんとの共同生活は、自然でごく当たり前のこととして受け止められている。


z 斉白石 水墨蝦図 川蝦・手長エビ-3 


この小説は三人称の語り口をとってはいるが、あくまでも少年の目線に従って展開している。したがって、少年の意識を超えたような、客観性の記述を持ち込むことはない。少年の目に見え、感じたところが陳述されるばかりなのだ。

おぬい婆さんとの関係に次いで深い人間関係は、親戚たちとの関係だ。すぐ近くには、母親の実家があり、そこには曾祖母、祖父母、母親の妹弟たちが住んでいる。また学校の校長石森は少年の父親の実兄で、父親の実家は隣り部落にあるということになっている。

これに対して、少年の両親は豊橋に住んでいる。父親が軍医として豊橋にある師団に勤務しているからだ。この両親に、少年は普通の子どものような親愛感を感じていないように書かれている。少年の思慕の対象は、両親よりもまずおぬい婆さんなのだ。

少年にとって、肉親や親戚との関係以上に重大な意味を持っているのは、同じ小学校に通う近所の子どもたちとの関係だ。少年の生活は、半分は大人たちとの関係、半分は子どもたちとの遊びからなっている。この小説の大部分は、少年と子どもたちとの遊びの世界からなっているといってもよい。


z オモダカ


そんな少年たちの遊びの世界を読んでいると、かつての日本社会がいかに濃密な人間関係を内包していたか、あらためて感じさせる。その人間関係は、プラスなものばかりではない。マイナスのものもあるし、ときには暴力的でもある。しかしどちらに傾いても、実に人間的なのだ。


そんなふうに感じさせるところをいくつかあげてみよう。子どもたちはいつも、部落ごとに群を作って遊んでいる。子どもたちの中には、年齢によって一定の序列のようなものがあるが、みな遊び仲間と言う点では平等だ。子どもたちは男の子も女の子も区別なく、みんなで真っ裸になって、温泉に浸かったり、川で泳いだりする。裸でないときには、着物を着て、帯で前を抑えている。

違う部落の子どもたちとは、基本的には仲良くしない。違う部落の子どもたちは、互いに石を投げつけ合ったりして、敵意をぶつけ合う。だから少年は用事があって他の部落を通過せざるを得ないようなときには、絶えずその部落の子どもたちの敵意を感じなければならない。とにかく子どもというものは、敵に対しては残酷になれる生き物なのだ。その残酷さは、弱い動物に対しても発散される。子どもたちは動物を見かけると、石を投げたり、痛い目に会わせてやろうとするのだ。


z 斉白石 水墨蝦図 川蝦・手長エビ-2 


子どもたちにとって学校は、学ぶためのところではなく、遊ぶためのところであったようだ。そんな子どもたちにとって、学校の先生とは怖い存在であった。というのも、先生たちはわけのわからないことで子どもたちを怒鳴り散らし、耳を引っ張ったり、横っ面にビンタをはったり、とにかく体罰を加えることが好きな存在なのだ。

小説は、そんな子どもたちや大人たちと主人公とのかかわりを延々と描いていくのだが、読者にはその延々としたところが退屈にはうつらない。そこは井上靖という作家の筆の力がしからしめるところなのだと思う。

小説がカバーしているのは、少年の小学2年生の時から、6年生がおわる直前までだから、4年半ほどのスパンである。その4年半に少年が部落から外へ出ていくのは、そんなに多くはない。小説の中で最初に少年が部落を出るのは、おぬい婆さんと一緒に豊橋にいる両親に会いに行くシーンである。その時に少年は、生まれて初めて外部世界の空気に触れたような気がするのである。

しかし、成長していくにしたがって、単調な少年の生活にも、節目となるような、様々な出来事が起こる。母親の妹で少年をかわいがってくれた咲子が、同僚の教員と恋をして子供を産み、やがて肺結核で死んでいく。

曾祖母が枯れるようにして死んでいき、その遺体を収めた柩を部落全員で墓地のある丘まで運んでいく。

ある日、部落の中でのろま扱いをされていた一人の少年が神隠しに会う。その少年を探している間に、主人公の少年もまた、狐につかれたような状態に陥る。このころの時代に生きていた人々は本気で、神隠しやキツネツキの存在を信じていたのだ。


z 斉白石 水墨蝦図 雲鶴山房花箋(4)[1] (2)


少年は小学校を卒業したら、おぬい婆さんの手を離れ、親元から中学校に行く段取りになっている。そこで、卒業を半年ほど後に控えたある時期、母親が少年の妹弟をつれて湯ヶ島にやってくる。少年はいよいよ、おぬい婆さんの手を離れ、思春期を迎えた一人の人間として、自立を探らねばならない時期に近づいているのだ。

小説の終章の部分は、少年とおぬい婆さんとの別れを描くことに集中する。おぬい婆さんは少しづつ耄碌していく。しかしジフテリアにかかってしまった少年は、ついにおぬい婆さんの死に顔を見ることがなかった。それは少年につらい思いをさせたくないとの神様の御配慮なのだ、と祖母はいう。

そんなおぬい婆さんの死を少年は次のように受け止めるのだ。「おぬい婆さんは仏様になって、まだ大勢の人から拝まれるものとしてそこらに居るというような、そんな死に方ではなかった。突然息を引き取り、長方形の木の箱に入れられ、山へ運ばれて土の中に埋められてしまったのである。地上からすっぽりと、跡形もなく消えてしまったのである」


z 斉白石 水墨蝦図 雲鶴山房花箋(4)[1] (2)


おぬい婆さんとの死に別れは、ある意味で主人公の少年時代との決別を象徴している、と読者は感じさせられる。そう感じさせられたところで、この小説は結末を迎える。

結末の部分では、少年が母親たちと浜松に向かう途上、大仁の駅前でちんどん屋を見るシーンが描かれる。ちんどん屋を見て、少年は面白いと感じるのではなく、侘しいと感じる。

「侘しい、侘しい・・・そんな気持ちを、耕作は胸に抱きしめていた。郷里を離れる日の感傷的な気持でもあったが、また一方で、耕作は侘しい音楽を、やはり侘しい音楽として受け取るだけの年齢になっていたのであった」

一人の少年を材料にして、人間の成長する過程を淡々と描いているこの作品は、それまでの日本文学の枠を大きくはみ出したものだといえる。




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古典画に息づく清流の川エビ・オモダカ

忘れえぬ光景

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z 斉白石 水墨蝦図 雲鶴山房花箋(3)[1] (2)


z 斉白石 水墨蝦図 雲鶴山房花箋(1)[1] (2)


z 斉白石 水墨蝦図 雲鶴山房花箋(2)[1] (2)


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 清流の川エビ・オモダカ



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 20180922 古典画の川エビ・オモダカ



z 斉白石 水墨蝦図


過去に生きる・ヨスガとすることを好まないイシコロである

が、骨董の古典絵画には、たまらないノスタルジーを感じる


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清流の川エビ・オモダカは、現代でも清流では各地で観察されている

四国の四万十川・仁淀川では、希少ない川漁の主役としてよく放映される

絶滅危惧種に近い生き物で、近隣の川や田んぼではもはや見られない


z オモダカ


少年時代、母の持ち帰る祝儀・披露宴の折詰には、いつも赤い川エビが添えてあった


z 斉白石 水墨蝦図 川蝦・手長エビ 


斉白石の模写の水墨画・川蝦図で、雲鶴山房専用の花箋が完成

この齢で、こんな嬉しい奇蹟が待ち受けていようとは!!

石見星山翁の篆刻・パソコンの感性あふれる才能に感謝するばかり


DSCN9864 (2)


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黒髪山に湧清水を汲みに行き、泥縄窯に大鯛を届けた




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斉白石 水墨蝦図 & 星山翁新作の四霊瓦当印

書画・骨董

z 斉白石 水墨蝦図





斉白石 水墨蝦図 &

星山翁新作の四霊瓦当印


四神四文円瓦当印(青龍)[1] (2)


雲鶴山房・鹿紋瓦当印と四霊瓦当印


IMG_1596 (2)


雲鶴山房専用の花箋に胸ふくらむ




 20180921 

 

星山翁のPメールがiPad からではなく、スパムメールに着信

2日遅れて、新作の四霊瓦当印の画像に驚いた


四神四文円瓦当印(青龍)[1] (2)a


四神四分円瓦当印(青龍・朱雀・白虎・玄武)

を別々に刻し、手の込んだ製作で、見事な出来栄えだ


z 斉白石 水墨蝦図-1


模写の水墨蝦図には水草の沢潟を添えているが、


z 斉白石 水墨蝦図-2


イシコロ墨書揮毫用だから蝦の色のヴァリエーションがたのしみ


0 ten sen 栄宝斎 唐紙便箋 試印箋


印譜用の博古紐紋様で格調高い図案を発見


0 ten sen 栄宝斎 唐紙便箋


雲鶴山房瓦当印を入れてボチボチと作っていただく




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謎のMY染色体

文学・芸術

XY染色体2




 謎のMY染色体


 俺はK市のトボケタ再生理化学研究所の主任研究員をしている。

 主な研究室の仕事は、「生物の遺伝子・染色体」だ。
 あまりにも退屈な研究なので、副業に、ひまをみては推理小説も書いている。

 つい最近、隣の研究室で幹細胞の研究をしていた女性が大発見をした。

 これがイギリスのイグネイチャー科学誌に掲載され、次期ノーベル賞候補とまで言われるような世紀の大発見と世界を騒がした。

 研究所の一員として、心からこの快挙を喜んだ。

 ところが、しばらくしてこの研究論文に異議を唱える連中が出てきて世界中で再検証された。研究がアルカリ性・酸性を決めるPHで細胞の発生が変わる、という単純すぎる理論が非難の的になった。

 さらに泣き面に蜂だったのは、ノーベル賞受賞者の実験写真を盗作して掲載したことだった。彼女の上司は自殺までして研究論文が潔白であると言い残したが。

 世紀の大発見などというものは、長い歳月の後、ある瞬間、偶然に起きるものだ。
 人は、やっかみでいろいろいちゃもんつけるが、今でも俺は彼女を信じている。

 成功者に「運がよかった」とよく言うが、当事者でなければその苦労や努力はわからないものだ。
 こんなことで、研究所が閉鎖されたら、また失職して就職浪人になってしまう。


 「ところで、先生の染色体研究はどこまで進んでいますか?」 3年前に彼女から聞かれたことがあった。

 彼女に好きな彼ができる前は、それぞれの研究の進捗状況を情報交換したりしていたが、ある時からぱったり途絶えてしまった。
 かわりに、あいさつを交わすだけだったが、顔の色つやもよくなり、夢みる女性の印象を受けた。
 恋をすると、女性はあんなに変身するものか、と内心驚いていた。
 今回の悲惨な結末でわかったことだが、彼女はなにか焦っていたのかもしれない。



XY染色体1


 そもそも、俺の染色体研究分野でも、男がXY、女XXなどだれが決めたのか?

 XもYも、もともとアルファベットの最後に位置する未知の予測できない分野を示す記号だ。
 あまりにも単純すぎる理論ではないか? 
 すでに現在のパラダイムでは、何の役にも立たない旧理論物理学が量子力学に塗り替えられているのだ。
 人類の発見は緒についたばかりで、もっとほかに解明されていない未知の染色体領域があるはずだ。

 そんな疑問を抱いて、現在、フラクタル幾何学の概念(図形の部分と全体が自己相似になっているものをいう)とホログラフィー理論(部分と全体は同じである、という)を基にして研究論文を書いているところだ。

 最近、電子顕微鏡で雄と雌の染色体を調べていたら、異様な変形した染色体が次々に見つかった。

 倍率をどんどん拡大して観たら、雄の染色体XYに、脆弱でアンバランスな一本足のYだけではなく、Xの交点から下に一本足が伸びた三本足の安定した形の染色体が見つかった。

 さらに、驚いたことに、雌のXX染色体に雄のY染色体を近づけたら、雌のXX染色体がMYの形に変形していくではないか。まだ説明できないが、接近によりあきらかに異変が起きているのだ。

 まだ研究途中の段階であるが、これを「MY染色体」と命名した。

 俺の研究室には、世界各地から贈られた絶滅種、絶滅危惧種の様々な生物の性染色体が冷凍保存してある。
 マンモス、ナメクジ、ミミズ、貝類、鶴、亀、ヘビ、トカゲ、ゴリラ、チンパンジー、人類全般・・・。

 絶滅した種、危惧種の染色体には、YY(通称ホモ)染色体やらFF(レズ)染色体まで見つかっている。

 どこかの国のペーチン大統領が、種の保存、国家の存亡に関わる重大事と主張して、自由恋愛主義者の団体から非難され、国際問題にまで発展したことがあった。

 戦闘的で好戦的な雄の遺伝子は、平和的解決能力がなく、もはや、この地球上には不必要な無用の長物になりつつある。生物界では、新たな環境汚染により、すでに雄を必要としない無性生殖、単為生殖が始まっているのだ。

 これを見過ごしたら、少しばかり地球が平和になっても、再び、メスの一方がオス化して争いが絶えることはないだろう。
 腕力、体力に優るオスがいてはじめて、生物集団内の平和を維持している事例の方が多いのである。
 ひるがえって、人類の生殖行為は、神聖な種の保存から一瞬の快楽を満たす道具(もの)へと急速に変化している。

 脆弱な雄の染色体消滅は人類の滅亡に発展する。
 人類の絶滅を防ぐ「染色体理論」として、俺の染色体研究論文が完成したら、イグネイチャー科学誌に掲載される日も近い。

 これが認められたら、日本で2X番目の(いや、その頃は米国籍だろう)「ノーベル医学・生理学賞」か「平和賞」は約束されたようなものだ。

 トボケタ研究所の彼女の二の舞だけはしたくないものだ。
 盗作、改竄などせずに、石橋を叩いて冷静に慎重に論文を完璧にしなけりゃならない。

 家族全員が奇人変人で有名なハッタリー家で起こった殺人劇を思いだした。
 ヒラリー・クイーンの『XYの悲劇』は推理小説の世界だけでいい。

 俺の副業にしている推理小説の次回タイトルは『MYの交代劇』に決めた。

 (おしまい))



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豊穣の秋 生かされているよろこび

余白の人生

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 豊穣の秋を訪ねて 20150925



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秋は、生きとし生けるすべての生きものに大自然の恵みを分け与える。


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いつものように、愛用のカメラを提げて、すこし離れた里山を散策した。


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  「希言ハ自然ナリ」 

  ー老子 第二十三章ー

自然にはもの言わざる言葉が満ちあふれる。自然はもの言わずして、あらゆる真理をおのずからにして語りかける。人間はいろいろなあげつらいをし、さまざまな理屈をこね、しかつめらしい言い訳をしたり、恩着せがましいおどし文句を並べたりするが、自然は黙々として一言も語らず、ただひっそりと造化のはたらきを展開していく。

そのはたらきによって柳は緑に芽吹き、花は紅に咲き、鳥は空高くさえずるが、これが造化の真理だと言揚げすることもなく、自分の手柄だと吹聴することもない。しかも、そこではあらゆる真理が声なき声、言葉なき言葉で語られ、そのいとなみの功績は何物をも欺くことはない。老子はこのような無為自然の世界の言葉なき言葉を「希言」としてとらえ、その声なき声を「自然」だと説明する。


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美しい自然を、一コマ一コマ大切に画像に切り取っていくうちに、ビバルディかモーツアルトになったかのような気分になり、あっという間に午後のひとときが過ぎていった。

自然を相手にしているときは、いっさいを忘却の彼方に置き、刹那さえも忘れて無我の境を彷徨っている。

この齢になり、こんな至福の刻を過ごせるわたしがいることに感謝した午後のひとときであった。 




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