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一生一石

愛犬とイシコロのお話

杜牧 『阿房宮賦』

書画・骨董

阿房宮 清 袁耀 阿房宫图 広州美術館蔵
阿房宮 清 袁耀 阿房宫图 広州美術館蔵






 漢詩 杜牧 『阿房宮賦』 



 妃嬪媵嬙、王子皇孫、辭樓下殿、輦來於秦。朝歌夜絃、為秦宮人。明星熒熒、開妝鏡也。綠雲擾擾、梳曉鬟也。渭流漲膩、棄脂水也。煙斜霧橫、焚椒蘭也。雷霆乍驚、宮車過也。轆轆遠聽、杳不知其所之也。一肌一容、盡態極姘。縵立遠視、而望幸焉。有不得見者、三十六年。
  
 妃嬪(ひひん)媵嬙(ようしゃう:女官)、王子皇孫、樓を辭し殿を下りて、輦(れん、輦車に乗る)して秦に來(きた)る。朝(あした)に歌ひ夜に絃して、秦の宮人と為れり。明星の熒熒(けいけい)たるは、妝鏡(化粧の鏡)を開く也。綠雲(宮女たちの豊かな黒髪)の擾擾(ぜうぜう:やわらかなさま)たるは、曉鬟(げうかん:寝起きの乱れ髪)を梳(くしけず)る也。渭流の膩(あぶら)を漲(みなぎ)らすは、脂水を棄つる也。煙斜めに霧橫たはるは、椒蘭(せうらん:香りの良い焚き物)を焚く也。雷霆(らいてい) 乍(たちま)ち驚くは、宮車の過ぐる也。轆轆(ろくろく:ごろごろ)として遠く聽き、杳(やう)として其の之(ゆ)く所を知らざる也。一肌(き)一容、態(たい:媚態)を盡くし姘(けん:美しさ)を極め、縵(ひさ)しく立ち遠くを視て、幸(みゆき:寵愛)を望む。見(まみ)ゆるを得ざる者有り、三十六年。

 六國(中国戦国時代末期の齊、楚、燕、韓、魏、趙の六国)の宮廷にいた后妃や女官(嬪、媵、嬙)たち、六王の王子や皇孫たちは、それぞれの国の王宮に別れを告げ、輦車に乗せられて秦の都にやってきた。そして朝晩、歌をうたい琴を奏でて、秦の宮中に奉仕する身となった。
 明るい星が瞬くように見えるのは、宮女たちが化粧のために鏡の蓋を開けたもの。
 黒い雲が群がり起こるように見えるのは、寝起きの乱れ髪を解かしているため。
 清らかな渭水の水面に、ねっとりした脂が浮かび漂うのは、化粧の水を棄てたもの。
 煙が流れ霧がたなびくように見えるのは、椒(はじかみ)や蘭(ふじばかま)の香を焚いたため。
 雷鳴が突然とどろくのは、皇帝の御車が通りゆく音。ごろごろと次第に遠ざかり、何処にか消えていく。
 宮女たちは、肌から身のこなしに到るまで、ありとあらゆる媚態を表し、美しさを窮め尽くして、いつまでも立ちつくし、遠くを眺めて、皇帝の訪れを待ち望む。
 しかしそれでも、お目通りのかなわない者がいて、三十六年間にも及んだ。


 燕、趙之收藏、韓、魏之經營、齊、楚之精英、幾世幾年、剽掠其人、倚疊如山。一旦不能有、輸來其閒。鼎鐺玉石、金塊珠礫、棄擲邐迤。秦人視之、亦不甚惜。
 嗟乎、一人之心、千萬人之心也。秦愛紛奢、人亦念其家。奈何取之盡錙銖、用之如泥沙。使負棟之柱、多於南畝之農夫、架梁之椽、多於機上之工女、釘頭磷磷、多於在庾之粟粒、瓦縫參差、多於周身之帛縷、直欄橫檻、多於九土之城郭、管絃嘔啞、多於市人之言語。使天下之人、不敢言而敢怒。獨夫之心、日益驕固。戍卒叫、函谷舉。楚人一炬、可憐焦土。

  燕、趙之收藏(財宝)、韓、魏之經營(宝物)、齊、楚之精英(選りすぐりの品々)、幾世幾年にして、其の人(たみ)より剽掠(へうりゃく:劫奪)し、倚疊(いでふ:もたせかけ、積み重ねる)して山の如し 。一旦有する能はず、其の閒に輸(いた)し來(きた)る。鼎は鐺(なべ) 玉は石、金は塊(つちくれ) 珠(たま)は礫、棄擲(きてき:棄てる)して邐迤(りい:綿々と連なる)たり。秦人(ひと)之を視るも、亦た甚だしくは惜しまず。

  嗟乎、一人(にん)之心は、千萬人之心也。秦 紛奢(豪華・奢侈)を愛せば、人(たみ)も亦た其の家を念(おも)ふ。奈何ぞ之を取ること錙銖(ししゅ:微量)を盡くして、之を用うること泥沙の如くする。棟(むなぎ)を負ふ之柱をして、南畝(農地)之農夫よりも多く、梁(はり)を架くる之椽(たるき)をして、機上之工女よりも多く、釘頭の磷磷たるをして、 庾(くら)に在る之粟粒よりも多く、瓦縫(がほう:瓦の継ぎ目)の參差(しんし:入り乱れて交錯する)たるをして、周身(全身)之帛縷(はくる:絹の糸筋)よりも多く、直欄橫檻(縦横に連なる手摺り)をして、九土(中国全土)之城郭よりも多く、管絃(音楽)の嘔啞(おうあ:乱雑で騒々しい)たるをして、市人(しじん:市に集まる人)之言語よりも多からしむ。天下之人をして、敢へて言はずして敢へて怒らしむ。獨夫(民心を失った暴君)之心は、日に益(ます)ます驕固(けうこ:驕り頑な)なり。戍卒(じゅそつ:辺境を守る兵卒)叫んで函谷舉がる(函谷関が陥落する)。楚人の一炬に、憐れむ可し焦土たり。


 燕や趙が集め貯えた財宝、韓や魏が探し求めた宝物、齊や楚の選りすぐりの品々は、何代もの間、その人民から奪い取って山のように積み重ねていた。
 ところが突然、国が滅んで保有できなくなり、阿房宮に運ばれることになった。かくして宝物の鼎は鐺(なべ)同然、美しい玉は石ころ同然、黄金は土くれ同然、真珠は小石同然に見なされ、道ばたに棄てられたものが綿々と連なった。秦の人々はこの有様を見ても、甚だしくは惜しいと思わなかった。

 ああ、天子一人の心は、何千何万もの人々の心に深い影響を与える。秦の皇帝が豪奢な暮らしを好めば、人々もまた自分の家を愛して豊にしたいと願う。それなのに、どうしてごくわずかな物までも搾り取って、それを泥や沙のように惜しみなく浪費したのであろうか。
 
 阿房宮の棟木を背負う柱の数は、田畑で働く農夫よりも多く、梁に渡した垂木の数は、機織りをする女性よりも多く、無数にきらめく釘の頭数は、倉庫に貯える穀物の粒よりも多い。
 複雑に入り組んだ屋根瓦の合わせ目の線は、身にまとう衣服の絹の糸筋の数よりも多く、縦横に連なる手摺りの数は、中国全土に築かれた城郭よりも多く、かまびすしい管弦の響きは、市場に集う人々の話し声よりも大きい。
 しかも天下の人々を抑圧して、批判を口に出す勇気はなくとも、心の中では怒らせたのだ。

 民心を失った暴君始皇帝の心は、日ごとに驕り高ぶってかたくなになっていった。
 やがて辺境警備の兵が叛乱の叫び声をあげ、続いて函谷関の守りが破れた。

 そして楚の人項羽が放った一本の炬火(たいまつ)で、惜しいことに広大な宮殿は一面の焼け野原に変わってしまった。


 嗚呼、滅六國者、六國也、非秦也。族秦者、秦也、非天下也。嗟夫、使六國各愛其人、則足以拒秦。秦復愛六國之人、則遞三世可至萬世而為君、誰得而族滅也。
 秦人不暇自哀、而後人哀之。後人哀之、而不鑑之、亦使後人而復哀後人也。

 嗚呼、六國(中国戦国時代末期の齊、楚、燕、韓、魏、趙の六国)を滅す者は、六國也、秦に非ざる也。秦を族(一族皆殺し)する者は、秦也、天下に非ざる也。嗟夫(ああ)、使し六國各(おの)おの其の人(たみ)を愛せば、則ち以て秦を拒(ふせ)ぐに足らん。秦復た六國之人(たみ)を愛さば、則ち三世より遞(たが)いにして萬世に至りて君為(た)る可し、誰か得て族滅せんや。
 秦人(しんひと)は自ら哀しむに暇(いとま)あらずして、後の人、之を哀しむ。後の人之を哀しみて、之に鑑(かんがみ)ざれば、亦た後の人をして復た後の人を哀しましめん。


 ああ、六国を滅ぼしたのは六国自身であり、秦ではない。秦王の一族を皆殺しにしたのは、秦自身であって天下の人々ではない。
 ああ、もし六国の王が、それぞれの国民をいつくしんでいたならば、秦の侵略を充分に防ぐことができたであろう。秦もまた攻め滅ぼした六国の人民をいつくしんでいたならば、秦は三世(秦王子嬰)から次々と伝えて万世に到るまで、君主の地位を保ち得たであろう。誰が秦の一族を滅ぼすことなどできようか。

 秦の人々は、自分で自国の滅亡を悲しむゆとりがなく、後世の人々が代わりに秦の亡国を悲しんでいる。
しかし後世の人々が悲しむだけで、秦の滅んだ由縁を教訓としなかったならば、やはりまた、より後世の人々に自ら生きる国家の滅亡を悲しまれる事態となるであろう。


 牧(ぼく)剛直にして奇節有り。齪齪(さくさく)小謹(せうきん)を為さず。敢へて大事を論列し、病利(へいり)を指陳する尤も切至(せつし)。少にして李甘、李中敏、宋邧と善く、其の古今に通じ、成敗に善處する、甘等(かんら)及ばざる也。牧(ぼく)亦た以て疏直、時に右(たすく)る援者無し。從兄の悰(字は永裕、第14代憲宗皇帝の皇女岐陽公主の婿となり検校司途太保邠國公贈太師となる)更に將相を歷し、而して牧 困躓(こんち:苦しみ悩む)して自ら振はず、頗る怏怏(あうあう:不服に思うさま)平(たひらか)ならず。

 『新唐書』 巻一百六十六 列傳第九十一

 杜牧(803~852)が生きた時代は唐が衰退をたどる時期であり、政治上の抱負が大きく、実行力の上でも過剰な自信があった杜牧の理想は、経世済民の為政家にあったようです。
 司徒岐國公杜佑(735~812)を祖父に持ち、為政者の上層に連なる家柄であったにもかかわらず、その公相(天子を補佐する重臣)の地位は従兄の悰の一家に移り、地方官吏を歴任して一生を終わったのは、杜牧にとっては悔いの残ることだったのでしょう。

 阿房宫图 青緑山水画の目を見張るようなあまりの秀麗さに感動してブログアップした。 

 理想とする実際の為政家になれなかったことが、彼をして強い文章力を駆使した政治評論家にさせ、軍事評論家・軍備兵制評論家にさせ、対外政策評論家にさせた。 




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緋色へのあくがれ スカーレット・ゾーン

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京都加茂川の「紅流し石」とよく似た石質の自採石。溶岩の岩肌と言わずに、紅を流す、という表現はみやびである。



緋色へのあくがれ:scarlet zone


紅、深紅色、赤色には、不思議な力がある。

情熱、燃える炎、落日、嫉妬、戦闘、たぎる血潮、青春朱夏、連想すればかぎりがない。

緋毛氈、紅い絨毯、僧服、軍服はむかしから高い地位や官職の象徴でもあった。

人は、一生のうちにどれだけこの色にあくがれて染まるのだろうか。

ココ・シャネルや金子みすずは黒と白を好んだろうが、

はたして紅に染まることはなかったのだろうか。


s-DSCN2360.jpg
上と同じ「紅流し石」の反対側。ヨセミテ国立公園のドームを連想させる。


そんなことはない。

だれしもこの世に生を受けたなら、真っ赤に燃えた時期があったはずだ。

たとえ、歳を重ねても、地平線に沈む残日のごとく、囲炉裏の残り火のごとく、

紅へのあくがれは尽きることはないだろう。

男も女も、年齢とは関係なく。


s-DSCN2369.jpg
噴火口から流れ出す溶岩・火砕流を思わせる珍しい石。渓流で揚げた手のひらサイズの自採石。



  不思議  金子みすず
   

私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかつていることが。

私は不思議でたまらない、
青い桑の葉たべている、
蚕が白くなることが。

私は不思議でたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑つてて、
あたりまえだ、ということが。


sui stone from Slovensko 2 p1030010
スロバキア産のあざやかな極彩色の半島に突き出た岬形水石。 


       金子みすず


誰も知らない野の果(ハテ)で
青い小鳥が死にました
   さむいさむいくれ方に

そのなきがらを埋めよとて
お空は雪を撒きました
   ふかくふかく音もなく

人は知らねど人里の
家もおともにたちました
   しろい しろい被衣(カツギ)着て

やがてほのぼのあくる朝
空はみごとに晴れました
あをく あをく うつくしく

小(チ)さいきれいなたましひの
神さまのお國へゆくみちを
   ひろくひろくあけようと


sui 鸡血梅花玉【雪域丹霞】 1241093186656
中国鶏血梅花玉石【雪域丹霞】高価な印材として用いる。


 赤いサラファン

 ロシア民謡、作曲:A.ワルラーモフ、日本語詞:津川主一


赤いサラファン縫うてみても
楽しいあの日は帰りゃせぬ
たとえ若い娘じゃとて
何でその日が長かろう
燃えるようなその頬も
今にごらん 色あせる

その時きっと思い当たる
笑(わろ)たりしないで母さんの
言っとく言葉をよくお聞き
とは言え サラファン縫うていると
お前といっしょに若返る


加茂川紅流し石 27×14.5×8
京都加茂川・紅流し石 27×14.5×8cm 時代を経た伝世の名品である。



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クオリア・イニシエーション

忘れえぬ光景

西芳寺(苔寺)



 クオリア(qualia:質感) 



子どもであれば誰でも体感したことがあるだろう。

この原体験は、なに人にも邪魔されることなく、深層の泉の羊水ゆりかごに護られて眠り続け、
それぞれの人生の中で、ときどき目を覚まし、生きるよろこびを実感させてくれるのである。


 クオリアとの遭遇


 私がクオリアと遭遇した日、その日初めて、今まで無意識という深い闇に閉ざされていた精妙なる五感の世界が私の意識上に顕在化したのである。

 誰にでも、人生の世界観が変わる転機はあるのだろう。私にとって、その転機は、ある日、突然、訪れた。いつものように、私は、心地よい音楽が流れている喫茶店で、何気なくコッヒーカップでブラックコーヒーを飲んでいた。そして、ぼんやりと何も考えずに、窓の風景を眺めていた。その窓の風景からは、雲が広がる青空の下、うっすらと雪がかった壮大な山が聳え立っているのが見えていた。

 そして、私はコーヒーを口に持っていくと、舌が熱く、甘い砂糖の味と苦いコーヒーの味を感じていた。このコーヒーをごくりと飲み込むと、食道に熱いものが流れていき、自分の胃が熱くなることを感じた。そして、ふと、青い空を眺めると、白い鳥が海の方角へと飛んでいき、雪がうっすらと大地に降り始めたことに気がついた。

 この場面は、誰でもよくある何気ない日常生活の一場面であろう。しかし、この日は、私にとって何かが違っていた。普段の日常生活で眠っていた私の鈍い五感が環境に開かれていたためなのだろうか?それとも、単なる個人の幻想的世界へと紛れ込んでしまったのだろうか? 未だに、本当の理由はわからないし、なぜ私がそんな体験をしたのかもわからない。しかし、このときばかりは、今までの自分の感性が変わってしまう程の衝撃が、突然私に走った。

 「私は、赤いりんごを見ている。」

 このごく当たり前の日常的事実が、私の今まで培ってきた人生観を大きく揺さぶってきた。教科書的にも知識的にも、自分の脳の神経細胞の発火することで、赤いりんごという映像が作られていることは頭で既に知っていた。何を今さらそんな常識的なことで感動するのかというヒトもいると思うが、しかし、私は、今まで一度も人生において赤いりんごを真剣にまじまじと眺め肌で感じたことがなかったのある。

 恐らく、自分の今生きている日常的環境にさほど注意を向けたり関心がなかったために、どこか人事みたいな感覚で自分の身の回りの環境に接して生活していたためだろう。しかし、この日は、なぜか赤いりんごという映像がただ眼前にあるという、そのごく当たり前の日常的事実が、私の日頃鈍い感性へ強烈に訴えてきたのである。

 「なぜ、このりんごがもつ赤さや丸さ、甘さ、固さが、現実の今生きている私の眼の前にあるのだろうか?」

 こうした疑問が私に湧いてきた。脳内事象であるべきりんごがもつ赤さや丸さ、甘さ、固さが、現実の今生きている私の眼の前にあること自体が、私には不思議で仕方がなかった。これは、今まで感じたこともない、言葉で表現しがたい神妙な感覚を僕にもたらしてくれた。そして、この不思議な感覚のままに、周りの自然をふと観察してみた。すると、さらなる不思議な感覚が私を襲ってきた。

「自然には、広大な青い空に浮かぶ白い雲、壮大な雪が積もった山々、ひっそりと咲く色鮮やかな花々、小鳥達の歌声といった、色、音、形、テクスチャーに満ちているではないか? なんと、この自然という環境と今生きている私とは直接に繋がっていたのか?」

 この瞬間、私は、今まで自己の狭い物理的な脳内に閉じていた意識が周囲の環境へと広がっていくことを感じた。さらに、この自己の意識が周囲へ広がっていくのと同時に、いつのまにか、私という存在が周囲へ溶けて同化して消えていなくなっていた。

 この自己が消えていなくなることに、恐怖感は全くなく、むしろ、自分が本来生まれたきた母なる世界へ再び帰っていくような安堵感に包まれていた。そして、自然界にある美しい色、形、テクスチャー、音という未知な何かに包まれているといった不思議な感覚は、私の人生で今まで感じたことのない大きな喜びと幸福な気分をもたらさせてくれた。

 この喜びと幸福感は大きく、しばらく、私の体内に留まり、私の体全体や体の隅々にまで広がっていった。私はこの感動を何度も確かめるために、その日、何度も何度も、真剣に赤いりんごを直接見て、触って、感じてみた。自らの生きている五感を総動員して、眼の前の赤いりんごの存在の正体を確かめるために、一心にそこに本当に何が存在しているのかを、己の知覚だけを信じて確かめてみたのである。

 そして、何度も何度も、りんごをまじまじと見ては、そこには赤くて丸い物体が、何度触ってみても、硬い未知な何かが、確かに環境に存在していることがわかってきたのである。しかし、それが何であるのかをうまく言葉で表現できなかったが、物質とは異なる未知な何かであることは確実だった。


DSCN9879.jpg



 クオリアへのイニシエーション


 そして、偶然、それをうまく表現してくれる言葉と出会ったのである。その言葉が、クオリアであった。そこで、初めて、私は、五感のクオリアを直接見て、触れていたのだと理解した。
 
 そのとき以来、私は、なぜか、環境の中に潜む五感のクオリアを自分で散策し、楽しめるようになっていた。自然の中を歩いていると、今まで気づかなかったことに気づくようになっていた。突然、川から白い鳥が飛び出すことを眺めたり、緑々しい木々の存在を肌で感じたり、ありの行進に驚いたり、黄色い蝶の舞いなどを見つめたり、自然界で密かに行われている創造的な営みに対して、従来の感性では考えられない感覚でとらえ始めていた。

 そして終には、従来の物質的世界観の常識に反して、自分の生きている環境には、物質で構成された物理的時空とは別に、自然界のクオリアがすでに環境に実在している時空があるのではないかという考えが脳裏を掠めたのである。

 そもそも、私たちの心は、むしろ定量的ではないことが特徴になっているからである。例えば、私たちの感覚を特徴づける様々な質感(クオリア)は、まさにそれが定量的に記述されない点において、ユニークな存在として心の中に感じられる。赤い色のクオリア、緑の色のクオリア、青い色のクオリアは、その関係を定量的には記述できない、ユニークな特徴を持っている。もちろん、物理的には、それぞれの色の感覚をもたらす光の波長の範囲は決まっている。しかし、色の感覚と、光の波長との対応関係を定量的に記述したとしても、それでは色のクオリアのユニークさを説明したことにはならない。

 色のクオリアは、まさにそれらが定量的に記述できない点に本質がある。さらに、「甘さ」のクオリア、ヴァイオリンの音のクオリア、くすぐったさのクオリアなどを考えて見ればわかるように、一般にクオリアは、一つ一つが定量的な関係をつけるのを最初から放棄せざるを得ないほどのユニークな存在として心の中にあらわれる。

 クオリアの問題に象徴されるように、私たちの心を説明することは、普遍性と定量性を武器にしてきた物理学にとって、困難な問題である。まさに、普遍性や定量性という武器が通じないからこそ、人間の心の本質を理解することは、古典物理主義の単純な延長ではどうしても説明がつかない。

 人は、やがてはおさな子に戻っていく。大自然の摂理である。

 その道のべで、このわたしだけのクオリアは、イシコロの余生を後押ししてくれることだろう。




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ウチョウラン クロカミラン(黒髪蘭・佐賀県黒髪山系)

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 ウチョウラン



ウチョウラン (Orchis graminifolia シノニム Ponerorchis graminifolia Reichb.f.) は地生ランの一種で、小柄な多年草。紫の花が美しいため、山野草として栽培されるが、そのため野生では非常に希少になっている。

漢字では羽蝶蘭と書かれる場合が多いが、これは最近になって使われるようになった当て字で、和名の語源は明確でない。


 特徴

草丈5-20cm前後。 茎は斜上し、細い葉が数枚ある。茎の先端に数花から数十花をつけ、花色は通常は紅紫色。唇弁に濃紅紫色の斑紋と距がある。花期は6月頃(産地により異なる)。地下には小豆大から小指頭大の球根があり、春に新芽を出す。夏の生長期に1-3個程度の新球根ができ、秋に地上部が枯れ球根だけで越冬する。

 分布

本州、四国、九州、および朝鮮半島南部の低山の岩場に自生する。国外では朝鮮から知られる。絶滅危惧II類。

低山の湿った岩壁の、岩の隙間にたまった土や草木の根、苔の中などに自生する。霧のかかる岸壁などではイワヒバなどと共に見つかる。かつては人家の屋根に出たこともあるという。

uchouran 羽蝶蘭 0014


 園芸化までの流れ

昭和30年代までは山野草の一種として一部の愛好家が栽培するのみであったが、その時代に栽培方法が確立され、やがて地域亜種や変異個体がコレクション的に収集されるようになった。

昭和40年代頃から「ウチョウランブーム」と言われるほど栽培収集が過熱し、希少個体は投機対象にもなった。価格の高騰と共に専業の採集人もあらわれ、商業的な大量採集がおこなわれた。この時期に野生個体は著しく減少し、野生絶滅、あるいはそれに近い状態となった個体群も多い。多くの自生地では現在にいたるまで個体数が回復していない。

その後、昭和60年代頃までに無菌播種などによる人工増殖技術が確立され、希少系統の大量増殖が可能となったため価格が暴落しはじめた。流通価格は一年ごとに半額になり、球根一つが数十万円で取引されていた品種が最終的に数千円まで値下がりした。あたかも近世ヨーロッパにおけるチューリップ・バブルを連想させるものがある。 現在は特別な品種を除けば、価格的に一般花卉と大差がなくなっている。

近年は園芸的な品種改良が進み、毎年のように新品種が発表されているが、最新品種には野生では生存が難しいと思われるものも多い。もはや園芸植物と呼ぶのが適切であろう。

ウチョウランでは組織培養などによって同一個体を量産することがそれほど容易ではないので、営利生産現場では主として無菌播種によって増殖がおこなわれる。播種から数年で開花株にまで育成され出荷される。日本国内に大量増殖をおこなっている専門業者が複数あり、少量ー中等量の生産をしている業者が多数、セミプロ的な生産をしている個人愛好家などもおり、人工増殖による生産品が安定して市場流通している。

現在、園芸生産品の大量流通によって、園芸的に見劣りがする野生個体の盗掘はほぼ無くなっている。というより取れるところは取り尽くされたとも言える。その反面、栽培下で維持されていた野生個体が栽培放棄されて消失するケースが出てきている。野生絶滅した個体群の栽培品をどう維持していくか、あるいは維持する必要は無いのか、公的な議論はほとんどされていない。


uchouran 羽蝶蘭 銘品雷鳥


 地域個体群

ウチョウランには地域変異が多いが、その中でも形態的な特徴の目立つ3つの個体群が亜種として記載されている。


 クロカミラン (黒髪蘭、var. kurokamiana)


佐賀県の黒髪山産の地域個体群。黒髪山(標高518m)と、その連山の、青螺山(標高599m)周辺部の、近づくことも容易でない岩場の下100m附近から、中腹300m附近に、そそり立つ絶壁の岩肌に、イワヒバ、スゲ等と、混生生育する。クロカミランは、ウチョウランの仲間では、最も自生数量の少ない、この地固有の野生ランである。ウチョウランに比較して花茎が細く、草丈は5~20cm、平均では15cm前後となる。葉は、2枚~3枚、腰高に着き、すっきりした草姿である。

葉幅は狭く、樋状で、背にそり湾曲する。葉裏の紫斑線は余り強く現れず、紫斑線のない個体も少なくない。稀に紫斑線の強く現れるものがあり、これらは鮮やかな紫紅花をつけてくれる。花は、唇弁は平均して豊かで、広幅舌のものが多く三裂相接し、正中線を中心に強く湾曲する個体が多い。特徴ある紫斑や紫点が鮮やかにしかも華麗な紋様を描き、すっきりした腰高の草姿と調和する。側萼片は長短があり、平肩咲きとなる。兜の部分は小さい。距は細く径1mm、直線的で長さも2~3mmと短い。そのため、例え20花以上の多花となってもうるさくなく、佳品と言われる一因である。

 サツマチドリ (薩摩千鳥、var. micrpunctata)

鹿児島県の下甑島産の地域個体群。年平均気温17~18℃、年降水量2500mm、冬期でも霜の降りることはない下甑島の断崖の岩隙にスゲなどと混生する。この種は昭和55年に新種として発表されたもので、ウチョウランの仲間としては新しいものである。花期はウチョウランの仲間では最も遅咲きで6月下旬~8月上旬。花序は草丈の4分の1位で、花は茎頃に密集し、15~30数花をつける。側萼片の先端は小さく、唇弁の横幅より短く8mm位、横一文字に平開する。

距は細く径1.2mm、長さ6~8mm、子房より短い。唇弁上部は肩が張り、全体に円弁となるものが多い。最も特徴的なのは、唇弁の斑紋であり、数多くて細く、星群状に散るミクロの斑紋が見所でもある。 野生種としては耐暑性があり、栄養繁殖率も良い。育て易い園芸交配群の作出に利用された。


uchouran 羽蝶蘭 安房千鳥


 アワチドリ (安房千鳥、var. suzukiana)

千葉県南部の低山に分布。花は基本種より小さいが着花数が多い。距は細く小さい。栄養繁殖しにくい。


この他の地域個体群は学術的にはすべてウチョウランだが、産地識別を目的とした通称名が使用されることも多い。通称名としてはクロシオチドリ(長崎県平戸島)、ショウドシマウチョウラン(香川県小豆島)、テバコチドリ(愛媛県手箱山)、サヌキチドリ(香川県)、ミマサカチドリ(岡山県)、オオウチョウラン(愛媛県石鎚山系)、ガンコラン(千葉県)など多数ある。

これらはすべて相互に自由に交配でき、交雑個体は雑種強勢によって栽培しやすくなる傾向がある。交雑個体も稔性があるため園芸品種では複雑な亜種・個体群間交配が次々とおこなわれ、すでにどのような系統が起源なのか明らかでない場合が多い。

非交雑の純粋な野生系統は一般に栽培・増殖が難しいため、産地で郷土の花として維持・繁殖が試みられている場合を除いて、積極的に生産されている例は稀である。純粋な野生種が一般園芸店に流通することはほとんどなく、亜種名で販売されている個体でも交雑種と思われるものが多い。園芸ラベルに記載されている種名は安易に信用してはならない。(Wikipedia)



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「胡蝶の夢」 夢かうつつか識別できるうちに

文学・芸術

晴春蝶戏图 李安忠:南宋画家




 『胡蝶の夢』 荘子 斉物論篇



いつだったか私こと荘周(そうしゅう)は、夢の中で蝶になっていた。喜々として蝶そのものであった。思うがままにひらひらと飛び回る事を楽しみ、自分が荘周である事など考えもしなかった。ところが突如として目覚めてみれば、まぎれもなく私は荘周であった。そこで考えてみると、人である荘周が夢の中で蝶になっていたのか、それとも自分は実は蝶で、その蝶が夢を見る時に人である荘周になっているのか、果たしてどちらであるか解らなくなってしまった。だが荘周と蝶は、形の上では確かに別のものと区別をつける事ができる。この違いを物化と言う。


さて、荘子の中でも特に有名なこの「胡蝶の夢」の話。荘子を読んだことはなくてもこの話だけは知っているという方も多いだろう。ただそれだけにこの話を知ってはいても、結局荘子が何を言いたかったのかはよく解ってはいないという方も多いのではないか。まあ荘子の思想の性質からいうとこれはあまり大きな問題ではないのだが、蛇足ながらイシコロの解説をさせていただく。

胡蝶の夢は荘子の斉物論篇の最後にでてくる話で、荘子の思想の根本原理の一つである「万物斉同 (ばんぶつせいどう)」の理を端的に表した名文とされている。万物斉同とは「万物は斉(ひと)しく同じ」という意味で、「この世の全ての物事は人間の視点からは別に見えても、天地自然の道から見ればまったく同じものである」と大体こんな意味だと思へばよいだろう。当時、孔子をはじめとする主に儒学者が、君臣親子・長幼貴賎などありとあらゆる事に区別をつけ、「これは正しい、あれは正しくない」と言動のひとつひとつにまで善悪の判断を下す事に対して異論を唱えている。

この万物斉同の立場に立てば、親と子も同じ人間であり、人間と蝶も同じ生物であり、現実と夢も同じことであり、生と死も同じことである。全てが同じであれば対立など起こらないはずであるが、実際には対立は起きている。この対立を生み出す原因が「物化」であり、客観的には万物の表層的な変化であるが、主観的には「道」と「個」を分けて見る視点そのもの。だから儒学をはじめとする他の学者たちのように、物事を秩序だてようとして区別すればかえって対立と混乱を生み出す原因となる。そうではなく物事をいちいち区別する事を止めて、万物に本来備わっているはずの「道」へと還れ、というのが荘子の主張である、と解釈できよう。

この説明で納得がいかないお方は、斉物論篇だけでも良いので荘子の解説書などを読んでみられるといい。特に「物化」という聞きなれぬ語を始めとして、この話が有名であるだけに古今様々な解釈がなされてきたようだ。


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ただすでに述べた通り、荘子の思想を頭で理解する事が重要という訳でもなくて、「人生が夢と何ら変わらない」という示唆を得た時点で、ほとんどの人は人生の様々な問題が些細な事に思えてしまうだろう。そしてそれこそがこの胡蝶の夢が名文たるゆえんである。この話によって最初に受けた衝撃というか驚きの様なものを忘れずにいる事の方が大切だとイシコロは考える次第である。

また「道」というと荘子と共に老子が並び称される事が多いが、荘子の方が老子よりもさらに形而上的というか俗世に対する興味がなくなっている感じがある。これらの事もあって荘子は後に伝わる仏教との親和性が高く、特に禅宗に少なからぬ影響を与えたと言われているようだ。

また、荘子思想の根本原理の一つである「万物斉同 (ばんぶつせいどう)」の理となる「物化」思想は、現代の量子力学、「色即是空 空即是色」の解釈に相通じるものがある。



0 ha 蘭鉢 中国奥地雲南省の蘭展 奥地春蘭展の豆弁蘭



 新時代科学の量子力学


電子に関する実験では、「1個の電子を10個の穴を開けた板に向けて発射すると、同時に10個の穴を通過する。板に50個・100個の穴を開けた場合でも、同様にそれぞれ50個・100個の全ての穴を通過する」という特異な性質を持っていることが解明されています。つまり、量子力学の素粒子の世界では、「1個が同時に多数個でもある」という 普通の常識を超えた現象があることが解明されているのです。その謎を解く理由は、電子は、「点状の粒子性」 と、「広い範囲に広がった波動性」の両面を持っているからです。一方の粒子性の面は、目に見えて1個・2個・3個 …… と数えられますが、もう一方の波動性の面は、空間に融け込んで普遍化しているために目に見えず数えられません。つまり、電子は、3次元の物質界に現象している面は粒子性になり、現象を超えた高次元の空間に存在している面は、波動性になっているわけです。

 このような現象は、テレビの放送に例えることができます。テレビ局のスタジオで、1つの映像をテレビカメラでとらえて、それを電気的波動である電波に乗せて広い範囲の空間に向けて発射します。そうすると、その空間に1台のテレビ受像機があれば、1つの映像として現れ、50台の受像機があれば50個の映像、100台の受像機があれば100個の映像として現れることになります。一方の映像の面は、目に見えて1つ・2つ・3つ …… と数えられますが、もう一方の電波という波動性の面は、空間に融け込んで普遍化しているために目に見えず数えられません。つまり、テレビの放送は、3次元の物質界に現象している面は映像になり、現象を超えた高次元の空間に存在している面は、電波という波動性になっているわけです。

 電子の「波動性と粒子性」では、本質は、高次元空間の波動性の方であり、それが広い範囲に広がっているので、板に多数個の穴があれば、多数個の粒子として現象して現れ、観測者の目に見えるのです。このような 「波動性と粒子性」を兼ね備えた存在を、新時代科学では、「量子」という新しい概念で表して量子力学が発展してきています。ところで 私達は、目に見えないものは存在しないと、直ちに決めつけるわけにはいきません。電気的波動の電波も、目には見えなくても空間に確かに存在していて、テレビ・ラジオ・携帯電話等を機能させ、映像・音声等を現象させています。同様に電子等の量子も、本質の波動性の方は、目には見えないのですが空間に確かに存在していて、目に見える粒子を現象させているのです。

 さらに、デビッド・ボーム博士の研究の成果では、高次元の目に見えない暗在系(潜在系)の世界で「波動として存在している素粒子の原体(量子)」が、3次元の目に見える明在系(顕在系)の世界へ 、電子(マイナスの電荷)と、陽子(プラスの電荷)の一対の素粒子になって現れてきて、そして、この電子と陽子が、また結合して粒子性を融合し一体化すると、光になって波動化して、元の暗在系の高次元世界に戻っていく、という事実が発見されています。このような量子・素粒子の高次元の本質生命界から3次元の現象生命界への、波動性⇒粒子性⇒波動性⇒粒子性へと、交互に変遷する現象が、量子・素粒子の集合体である私達の身体や周囲の全ての物質で、常に繰り返し行われているのです。

 これは、きわめてミクロの極小単位の現象であるために、人間の普通の感覚領域・意識領域では、とらえることができませんが、これが量子力学で科学的に解明された事実です。ところで、感覚・意識が、きわめて精細で稠密に発達した次元の高い宗教の達人や超能力者は、この現象を直接的にとらえることができるようです。例えば、お釈迦様は、この波動性⇒粒子性⇒波動性⇒粒子性へと変遷するきわめて短い時間の単位を「刹那」(せつな)と表現し、全ての存在は、刹那ごとに変遷する「諸行無常・諸法無我」という時間・空間に関する高次元の仏教の世界観を構築しました。「色即是空 空即是色」の経文は、純粋な高次元の生命体を自覚することにより悟りを開き、変遷するこの世の事物に執着しない欲望・煩悩を解脱した宗教観・人生哲学を開示したのです。

 私達の身体や周囲の物体は、普通の感覚では、実体として確かに存在しているように見えますが、その素(もと)になる素粒子が、常に波動性⇒粒子性⇒波動性⇒粒子性へと変遷して、現象的には、生成(粒子性)と、消滅(波動性)を繰り返しているのですから、その素粒子の集合体である私達も物体も、本当は「刹那」ごとに、つまり極めて短い瞬間瞬間ごとに、生成と消滅を繰り返して流動しているのであり、決して実体として固定的にあるものではありません。生成と消滅のうち、私達の肉眼には、きわめて短い瞬間瞬間の生成の部分だけが連続して見えているので、あたかも実体として存在するように感じられるのですが、このような現実認識は、本当は錯覚であり錯誤的認識です。

 私達は、本当は、実体として存在しているのでなく、瞬間瞬間に生成・消滅している現象的生命体です。このような瞬間ごとに生成・消滅している純粋な自分の身体的生命の状態に対して、執着し実体的にこだわり神経症の症状を起こし苦悩することは、的外れの錯誤的認識であり、真理に対する無知であり、無駄なことをする徒労です。私達は、新時代科学での「科学的な事実」を学習し、高次元世界の認識を高めるように努め、今までの実体的・固定的な誤った見方を改めることが大切です。そのためには、神経症の完治療法を実践することが役に立ちます。完治の過程が進んでいくと、この世の事物や最も大切と思う自分の身体的生命の状態に、こだわり執着する意識を脱却することができるようになります。




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