雑学曼陀羅

サヨナラ 男性依存症

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洮河緑石蘭亭硯 平櫛田中(ひらくしでんちゅう)彫刻美術館i




 女性の男性依存症


女性が男性に支配されるととても楽だ。既存のシステムを変える必要がない。若いうちはそれらしくしていれば、「ここに座るといいよ」とエスコートされストンとそこに座っていればいい。可愛がられ、チヤホヤされ、庇護される。

そして支配されることを「愛情」だと信じれば、当面の生活の不安からは解消されるかもしれない。
私自身の中にそういった面がある。正直私の中には「男に支配される事」を愛情と信じたい面が、おそらくある。

その話はちょっとおいて置いて、すこし苦い思い出について語る。

私には大切な女友達がいた。
彼女は若く、無邪気で、クリエイティブでエネルギーにあふれた人だった。彼女はすばらしい絵を描いたし、それを私にプレゼントしてくれたこともある。今でもその絵は私の仕事用のデスクに飾ってある。

彼女とよく遊んだし、語り合った。美しい人だった。彼女が多くの男性にモテモテな事もなんだかうれしかったし、私はそれをほほえましく見つめていた。

でも、だんだん雲行きが怪しくなってきた。彼女に特定のパートナーが現れたのだ。
その男は表向きは紳士的で、事業にも成功している男性だったが、とても暴力的で支配的だった。自分のコンプレックスを彼女をコントロールすることで解消している嫌な男だった。自尊心が低い女性であることをわかってターゲットにしているのが見えた。

彼女は明らかに家族との間にトラウマがあって、親密さに飢えていた。その支配とコントロールはある意味そのときの彼女には必要なものだったのかもしれず、それについて私は深く介入することをあきらめていた。

彼女は彼と遠いところに行ってしまった。その後彼女からは連絡はなかった。東京の友人と完全に通信を断った様だった。「どこの馬の骨」とも知らない男にさらわれた気分だった。悲しくて、つらくて、泣いた。

でも私に何が言えたか? 「そんなつまんない男ととっとと別れろ」と言えるのか? もしも私がマッチョな男だったら「そんなヤツと別れて俺と付き合えよ」って言っただろうか? でももしも私が男でそんな台詞を言ったとしても果たして彼女にとって革命的な変化が訪れるのか?

答えはノーだ。男なんかで女は変わらない。かけてもいい。本人がかわりたいと思わなけば。

最近ある女性から言われた。「なんで男と一緒に運動をやるのか?」と。
女として自立し、独立して振舞えないことにイラつかれている様だった。誤解を承知で言うならば、私は男と一緒に何かをやっていれば安心だったんだと思う。庇護されたり、教育されたり、啓蒙されたりすることをどこかで許容していたし、そうされることを望んでいる面もあった。

そう、それは私がかつての友人である彼女に対して抱いた苛立ちと似たものだったかもしれない。
経済的に、精神的に自立できている女性が、そうでない女性に対して何かをいいたい気持ちはわかるが、でもどうにもならない時があるのも、また真実。

本人がそこから自立したい、逃げたい、自分の言葉を持ちたいと思う時は、その人に必要なタイミングでしか訪れないのかもしれない。大きな事件や挫折や痛みが起こったときに、本人がおのずとそこから逃げるのだと思う。

それを無視して「共依存」「情緒不安定」「甘えた女」「嫌なら逃げればよかった」などの言葉をぶつけるのはたぶん暴力なのだと思うし、女性の間で分断が起こってしまう。それは元を正せば男性優位社会にとってもとても都合のいい「内ゲバ」になってしまう。

悪いのは勇気を出せない女性の問題では無い。そういったシステムを補完し享受している側の問題だ。

このコラムを書いている今も、彼女の描いた絵を見つめながら、遠くから思う。
どうぞ彼女が幸せでありますように。
そして私は彼女を待つ。そうである多くの女性を待つ。
そして、私自身の中にある彼女と同じような部分が変化してゆくことを日々見つめている。
(Posted by io-net magazine)



 イシコロモノローグ

日本の社会では、女はどうして男に依存しなければ生きていけないのだろうか?
よその國の事情は暮らしたことがないからよくわからない。

生物学・人類学的には、まず身体や思考構造が異なる。

男が女より力持ちで、その筋力によって外敵を防ぐ戦い、過酷な労働に役立ってきた。
生物界では、身体が大きく、ねじ伏せる腕力が他を支配するのに絶対必要条件である。
雌は本能的により強い雄の遺伝子を求めて子孫を残してきたしこれからもそうだろう。
雄は本能的により多くの雌を確保し、自分の遺伝子を持った子孫を増やそうとする。

本能という視点に立てば、人間も他の生物も大きな違いはないのかもしれない。
人間が智慧、知性、理性、言葉を獲得したと豪語しても感情や欲望の分野では他の生物とあまり変わるところはない。争って共食いしないだけでも動物の方がまだ規律がある。

戦う遺伝子を内包した男は、戦闘的・好戦的であり、それしか能がない。
子を産み育てる女は、母性本能を有し平穏、安泰、平和を求める。
女は、子宮でものを考える、とよく言われるが当たっているかもしれない。

愛し愛される、と言う表現でも、男は愛しなければならない能動側、女は愛される受身側と洗脳されてきた。
これは、日本人の精神構造の歴史・・農耕民族性、村社会 、男尊女卑、封建制 ・・・の中で、歪曲され強制された矮小なる思想に過ぎない。
人間の尊厳・平等という視点に立てば、「愛」には優劣、上下・主従関係はない。
世界の歴史をみても、女、弱者を支配者の奴隷にしてきたことは周知のことである。

本能的な男と女の役割・分担が、文明や支配層によって本末転倒させられているのも事実である。マッチョ系はスポーツ競技の中ではかろうじてサバイバルしているものの、日常の中では男か女か見分けのつかない草食系がもて囃される。

人間の本来の生態系を崩しているのは、決して個人ではなく、國や社会のシステムであり、人間を生産労働の手段として必要としなくなった文明の負の遺産によるものなのだ。

雄の染色体XYは、瞬発力はあっても一回だけですぐ萎えてしまう実に脆弱な存在である。人間はゾウアザラシやセイウチのハーレムに君臨する雄のようにはいかない。
ところが、雌の染色体XXは強靱でサバイバルに適している。
女の平均寿命を観れば、男をはるかに凌いでいるではないか。
500万年後には、地上から雄が消え、雌同志の無性生殖(単為生殖)になるそうだ。

虚飾に満ちた嘘だらけのマスメディアの報道や宣伝に踊らされ、一喜一憂しながら日々の生活を送るのもいいが、これから生涯のパートナーを捜す人は、草食系イケメン、クローン羊のような化粧をしたペルソナ美人を追いかけるはおよしになった方がいい。

哀しいかな、人間はだれかに、なにかに依存しなければ生きてはいけない無力で脆弱な存在なのだ。


 
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