余白の人生

槿花一朝

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 槿花一朝


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 槿花(木槿:むくげ)一朝(きんかいっちょう)


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 あした(朝)に花開き 夕べにしぼむ


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 栄枯盛衰 栄耀栄華 露と消え



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 良寛には若いころから激しい無常感があった。「無常 信(まこと)に迅速 刹那刹那に移る」の詩句もある。良寛はどんな片々(へんぺん)の動向にも「永遠と瞬時の交代」を見た。

 特筆すべきは、無常の速さをどこで観るかということである。

 しかし、その無常迅速・無常旋転を、どこで見るか。外ではない。中でもない。すれすれに無常の活動とともに、見る。そこが良寛だったのである。
 そういうことを如実に言葉にしている漢詩も少なくない。2行ずつ、別々の漢詩から採って任意にならべてみる。


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   一路 万木の裏(うち)
   千山 沓霞(ようあい)の間

   過去は已に過ぎ去れ 未来は尚未だ来らず
   現在 復(また)住(とど)まらず 展転 相依るなし

   去る時 是れより去り
   来る時 是れわり来る

   三界は客舎の如く 
   人命は朝露に似たり

   一朝分飛の後
   消息 両(ふたりながら)茫々たり

   人生 浮世の間
   忽として陌上(はくじょう)の塵の如し

 いずれも全と一、瞬時と永遠、本来と将来とがあっというまに交差する。その行き来、そのすれちがい、その往還と反転とに、良寛の目は動き、良寛の手が動く。刹那と無限を捕捉えて決して離さない。

 日本人は、宗教として、人の世の「はかなさ・無常観」と片づけて(解釈して)きたが、現在のイシコロの感想は少々異なる。

 物理学の先端を行く量子力学の世界では、「全と一、瞬時と永遠、本来と将来」について、多くの科学者がこの命題に取り組んでいる。

 

 
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