忘れえぬ光景

月の微笑

 ←美は多数決ではない  →野の花 而今
meigetu img_45944_36154072_0




 満月の中に見えるもの


 満月と石は鑑賞法がよく似ている。

 満月の中にある模様は何に見えるか。石の形状、中の紋様は何に見えるか。
 両者とも、観察者の心象風景を投影する「見立て」の世界で様々である。

 美なるものは永遠の歓びである。美しい光景や行いは人々の心を癒し、そしてゆたかにしてくれる。
 人間が造りだす美の世界もまた百人百様で、本来は美醜の基準など存在しない。

 ひとつの美しいもの、善い行いについても、人それぞれ異なった見方、感じ方がある。
 この世の中には、生きている人の数だけ正しい主張、正しい生き方がある。と諦観すれば腹を立てたり、 相手を憎んだりする必要もなくなる。

 およそ人間ほど利己的で独善的な生き物はいないのではないか。



  月の微笑 


その夜はよく晴れた十五夜だった。平地からみる月も美しいが、山の上の澄みきった空気と静寂の中でみる月はいかばかりかと、仲秋の名月鑑賞に虚空蔵山系の山に車で登ってみた。なるほどこれまで眺めてきた月とはどこか違っていた。

 同行したアメリカ人のJ氏も異国の月に見とれていた。これまで信じてきた日本人の月の見立て、中国から伝播した月兎で月の中で二匹のウサギがむかしの古い杵で餅をついている。
・・・ウサギ、ウサギ、なに見てはねる、十五夜お月さん、見てはねる・・・少なくとも私の世代の日本人は幼いときからそのように言い聞かされてきた。が、山の頂上からみる月の模様はいろいろな解釈ができるほど違って見えた。

 「お国ではあの月の陰影を何にたとえますか。」答えは「人間の笑っている顔」であった。もう一度煌々と照る月を見上げたら、これまで信じ込んでいたウサギの姿は消え、どこの国の人かわからない丸い柔和な顔のお月様が微笑んでいた。

 よくあることだが、他人については、つたない自分の物差しで判断すればまちがってしまう。国家、民族、社会、家族も、個人と同様に、同じ二つのものなど存在するはずがない。にもかかわらず、自分と同じでなければならないと思いこみ、いつも同じ過ちを犯している。戦争、偏見、争い、いじめ等、みなこの落とし穴に起因する。

 「月の陰影がどう見えるか」ということも、その人が育った国の気候、風土、歴史、文化、宗教、生活習慣と深く関わっている。人間関係についても同じことだ。だからこそ、相手のことを知ろうと努力しなければ、人間の温かいふれあいも、国際理解も先へ進まない。無知や偏見からは何も生じない。知らないことを知ろうとすることに大きな価値がある。これが学問である。

 帰り道、林道をなにかが横切って振り向いた。ヘッドライトに目が眩んだのだろう。
 野ウサギだった。今しがた満月から抜け出してきたかのような姿であった。
 私は、しばし幻想的な世界をさまよった。



s-DSCN0662 (1)


「なぜウサギが月に棲むようになったのか」

 日本には古来より、「なぜウサギが月に棲むようになったのか」という説話が仏教道教説話、民間説話として伝わっている。

 たとえば仏教的説話を多く題材にとる『今昔物語集』第五巻第十三話「三の獣、菩薩の道を行じ、兎身を焼く語」には、次のような捨身慈悲、滅私献身の象徴としてウサギが描かれる。

 昔むかし、天竺(現在のインドとみなされる)にウサギ・キツネ・サルの三匹の獣があり、ともに熱心に仏教の修行に励んでいた。そこに、今にも倒れそうな見るからにみすぼらしい老人が現れ、養ってくれる家族もなく貧しく食べるものもないと三匹に訴えた。

 そこで、サルは木に登って木の実をとってきたり、里に出て里人の果物や野菜をかすめてきて老人に与え、キツネは川原へ行って魚をとってきたり、墓に供えてあった餅や飯をかすめてきて老人に与えた。サルは枯れ枝を拾い集め、キツネがそれに火をつけて、食事の支度を始める。

 その一方で、ウサギは野を駆けずりまわり東西南北あちこちを探し求めたが、老人に与えるものは見つけられず、手ぶらで帰ってくるしかなかった。そんなウサギを見て、サルやキツネそして老人までもが、ウサギを嘲笑し、罵った。しかしウサギは言う。

 「確かに己には食べ物を奪って持ってくる力はなかった。ですから、この身を焼いてお食べください」と。そう言うがはやいか、ウサギは火の中にとびこんだ。この様子を見ていた老人は、たちまちにして本来の帝釈天の姿に戻り、すべての生き物たちにこのウサギの善行の姿を見せるために、月の中にウサギを移した。

 今でも月には煙のような雲影とウサギの姿があるのはそのためである。すべての人が、月を見るたびにこのウサギの行動を思い起こすようにと。



スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 
もくじ  3kaku_s_L.png 愛娘 Erika
もくじ  3kaku_s_L.png やきもの
もくじ  3kaku_s_L.png 余白の人生
もくじ  3kaku_s_L.png 忘れえぬ光景
もくじ  3kaku_s_L.png 文学・芸術
もくじ  3kaku_s_L.png 雑学曼陀羅
もくじ  3kaku_s_L.png 時事評論
もくじ  3kaku_s_L.png 教育評論
もくじ  3kaku_s_L.png 書画・骨董

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【美は多数決ではない 】へ
  • 【野の花 而今】へ