雑学曼陀羅

デジャヴの町 ①

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2016 石仏 野仏巡礼 




 廃墟の町 ①


 気づけば、俺は廃墟の町に立っていた。
無数に立ち並ぶ廃ビルに、埃をかぶったショーウィンドウ。
アスファルトは溶け消えて、まるで江戸時代のような土の路上からは、好き勝手に木が生えている。
それにしても、この木の大きさはどうだ。
見上げるほどにその背は高く、幹は力士の胴体よりも太い。
振り仰げば、澄み切った青空をモザイク状に散らばせて、天空を覆う巨大な枝葉が見えた。

どこなんだろう、ここは。

 俺はぼんやりと歩き出した。
歩きながら、考える。

 不思議な気分だ。
何と表現すればいいのか、妙な疲労と焦りが俺の中にわずかに蟠っている。
強いて言えば、俺はこの奇妙な廃墟を歩いているはずなのに、同時に肉体が走り回っているような感覚だ。
俺の主観とは別の部位に、疲労がじんわりと溜まっていくようだ。
俺は夢でも見ているのか?
そういえば、この廃墟にしてもそうだ。 現代の日本で廃墟はともかく、ビルより高い大樹なんて聞いたことがない。
あの場所か? 7年前の……いや、違うような気がする。
周囲に建つ朽ちたビル群は、どうみてもオフィスビルのなれの果てだ。
ビルがこんなに密集している場所が、立ち入り禁止区域になったとは聞いたことがない。

それに……俺はどこかでこの風景に見覚えがある。
見たことのないはずの場所に不安を覚えないのも、その所為なのだろうか。

人の影はない。
ふと、埃で汚れた硝子の破片に何かが映った気がしても、それは俺が焦点を合わせるより先に、虹のようにぼやけて消えていた。
さっき、俺を確かに誰かが呼んだんだが……


 ぼんやりと歩くうちに、今度は奇妙な感覚に気が付いた。
体のバランスが取りにくいのだ。
何というか……奇妙な場所に奇妙な錘おもりをつけて歩いているようで妙に歩き難い。

「英国紳士じゃあるまいし、この年で杖の助けは欲しくないなぁ……」

俺が呟いたとき、視界の片隅を別の人影が横切った。


 ◇

 そこにいたのは美しい女性だった。
他人事ながら手入れが大変だろうな、と思える綺麗な黒髪を腰まで流した女性だ。
相手も同時に気づいたらしく、俺のほうを見て「あら」と言うように口をOの字に開けている。

俺はそろそろ中年の坂を上る年だが、一瞬見とれるほどの美貌だった。
全体的な印象は優美と言っていいだろう。
端正に整った容貌を閉じ込めた顔は見事な卵形をしており、その顔の下には異性の理想像のような肉体が広がっている。
グラビアアイドルも裸足で逃げ出すほどに整えられた首はすらりと肩に伸び、白く透き通るような肌は下の黒いシャツに隠されている。
胸は豊かに張り出し、その下の腰の細さは故人の言う『柳腰』とはこういうものかと思わせた。
そうでありながら腰から足にかけてのラインはふわりと広がり、肉感的な美しさを醸し出していた。
纏う服装は黒一色のラフなもので、一瞬喪服ではないかと思ってしまったほどだ。

 だが、そんな姿でありながら、全体としての印象は女性としての色っぽさよりもむしろ毅然さ、清楚さが先に立つ。
男性になよなよと縋るのではなく、共に歩く強さを持つ女性だけが持つ凛とした雰囲気だ。
庇護欲をそそるでもなく、劣情で惑わすでもなく――俺もしっかりしなきゃ、と男に思わせる女性だ。

だからなのだろうか。

俺をじっと見つめるその女性に、思わず声をかけてしまったのは。

「あの」

口から声を出して気づく。
これはまずい。

せめて俺が彼女と同年代の学生であったなら、似合わぬナンパだとごまかすこともできただろう。
だが生憎と俺は40のおっさんだ。 男性的魅力が皮下脂肪と体臭で日々減退していくのを直視すべき年代だ。
そしてそれを覆い隠す魅力を備えているわけもない。
ドン=ファンやルドルフ・ラッセンディルどころか、声をかければ即事案発生だ。

尻に帆かけて逃げ出そうとした俺に、彼女の口が動くのが見えた。

おや?

踵を返そうとした俺の足が止まる。
どうやら、目の前の美女は俺を不審者ではなく、対話に値する他人だと思ってくれたらしい。
珍しいこともあるものだ。 目に障害でもあるのだろうか?

俺は慌てて一礼した。 ふわりと何かが目の横を流れ、灰のようでどこか艶めいた香りを残していく。
その匂いに、俺はふと気が付いた。

「そうか、これは夢なのか」

 目の前の、ちょっと現実味がないほどに美しい女性も、夢だと思えば納得がいく。
深層心理で作り上げた理想の女性なら、俺の都合がいいように動くのも納得だ。
俺はさも余裕ありげに声をかけようと彼女に近づき、何か甘い言葉を言おうとして――唐突に転げた。

むに。

地面に自分の肉体が当たる感触とともに、何とも言えない感覚が自分の胸元を駆け抜ける。
なんというか。 胸から落ちたのに、腹から落ちた時のような、柔らかい衝撃だ。
同時にばさりと、俺の視界を黒い波が埋め尽くした。
その隙間から見れば、相手の女性も転げたらしく、滑稽に見えるしぐさで手をふらふらとさせている。

その時。

俺は自分の勘違いに気が付いた。
目の前にあったのは硝子ではない。 薄汚れた等身大の鏡だった。
そして――女性はその向こうになどいなかったことを。
 



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