雑学曼陀羅

デジャヴの町 ②

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2016 石仏 野仏巡礼1 




 廃墟の町 ②  


 ◇

 胸を触る。 ある。 砲弾型のふくよかな感触が自分の手一杯に触れ、ざわりと鳥肌が立つ。
股間に触れた。ない。 妻と協力して命を二つ生み出したはずのものがない。
起き上がりざま頭に触れた。 そこにあったのは、摩耗の兆候を見せ始め、脂で毛穴の詰まった短髪ではない。
黒く流れる、しっとりと吸い付くような感触の髪の毛だ。

『俺』の手が自分自身をまさぐるにつれて、先ほどまでの爽快感が不安感に変わっていく。
と同時に、自分の中から固有名詞が次々と失われるのを感じる。
お婆さん……俺に祖母などいたか? 美咲――みさ……み……誰だ? どんな顔をしていた?
太陽を浴びた布団のような、草原に咲く夏の花のような匂いの髪は、俺にとって大事な人だったはずなのに。
その子どもたち……俺にとって命よりも大事だったあの子たち……あの子たちって、どの子だった?
俺は? 俺は? 俺は? おれ……おれ、という言い方を私はしていたのか?
私はずっと女じゃなかったか? じゃあ誰から生まれた? どうやって育った?
誰に恋をし、誰に体を許し、誰と結婚して誰を産んだ?
いや違う……彼女に恋をし、彼女と体を重ね、彼女と結婚して彼女に産ませた……彼女? 私?

誰だ?

「……戻ってきたようやな」

不意に、後ろから男の声がかけられた。
一瞬で跳ね起きた私が、いつの間にか腰に下がっていた刀を抜く。
逆手に握ったその刀は、まるで生まれる前から共にあったような自然さで、私の手に馴染んでいた。
そうだ。
私は誰からも生まれていない。誰にも育てられていない。 私は戦場で己を育て、戦場で生きてきた。
私は、私は……

「混乱するのは――いや、混乱するフリをするのは仕舞やで、ユウ嬢」
「わた……しは」

言った瞬間、すさまじい疲労感が全身を包む。
まるで、つい今しがたまで全力疾走していたような重い疲労だ。
落ちかけた肩を、私は意志の力で支えた。
それと同時に、さっきまでのとりとめのない思考が晴れ、私は私を取り戻す。

「目覚まし時計はとうに鳴っとるで、<毒使い>。 何人も自分を起こしに来たし、一人はここまで来て起こしていった。
二度寝三度寝は、地蔵菩薩も許さへんで」
「あんたは……」
「さっきまでおった余所さんは、ワシのことをボンさんと呼んどったわ」

豪奢な布鎧に堅牢な足回り、目に黒い遮光器ゴーグルをつけて視線を遮るその男は、ウンザリとしたように言った。

「自分、名前を言うてみい」
「……ユ、ユウ」
「上等や。 職業は?」
「<暗殺者>、<毒使い>」
「ここはどこや?」
「……アキバ、だと思う」
「オッケー! や」

アイドルのような言葉をにこりともせずに言い放った男――ボンさんは、軽く肩をすくめると再び口を開いた。

「せやったら、今度は自分の望みをこっちから教えておこか。
ワシは自分のことをよう知っとるからな。
……自分は、死ぬために旅をしてきた。 生きようとするほかの仲間から背を向け、真実を追うことから背を向け、自分にあらがうことに背を向けて。
自分の行動は、完全確実、完璧絶対の自殺のためのそれや。
まさか自殺するために、自分の心もぶっ壊すとは、気合の入った自殺者もあったモンやで」
「……そうだった」

私は思い出した。
その理由も思い出せないが、確かに私は死にたかった。
そのことだけを思い出したのだ。

「私は死ななきゃいけない。 生きてちゃいけない。 誰にすがってもいけない。
希望を感じてもいけない。 希望を……追ってもいけない」
「自分は都合よく、理由も過程も全部すっ飛ばしてそれだけ覚えてくれとるようやな。
それは幸いやった。 これまでのように過去の記憶も経緯も一切合財覚えたうえで死のうとしてたなら、いかにワシらでもどうしようもなかったからな」
「邪魔を……する気か」

非好意的な男の声に、私の口調が一オクターブ下がる。
抜かれたままの刀が小さく震えた。
だが、男はゆるゆると首を振った。

「詳しい事情は省略するケドな、ワシも、この町のあちこちで自分の代わりにたたかっとる全員も、自分を止めることは出来ん。
そういう存在なんや、今のワシらは」
「……どういう、ことだ?」

「自分が死を望むに至る理由を失ったことで、ワシらは動くことが出来るようになった。
そうかて言うても自分の望みを阻むことが出来るんは自分以外の他人だけや。
せやから、ワシは自分を阻みに来たんやない。
せやな……ワシの元ネタオリジナルの言葉を借りるとすれば、説法に来たんや。」



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