余白の人生

寄る辺はモナリザ

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rw 紫檀 龍の浮き彫りのローチェア 1970 made in China





  倚りかからず


      もはや
    できあいの思想には倚りかかりたくない 
    もはや
    できあいの宗教には倚りかかりたくない
    もはや
    できあいの学問には倚りかかりたくない
    もはや
    いかなる権威にも倚りかかりたくない

    ながく生きて
    心底(しんそこ)学んだのはそれぐらい
    じぶんの耳目
    じぶんの二本足のみで立っていて
    なに不都合のことやある

    倚りかかるとすれば
    それは
    椅子の背もたれだけ  

          茨木のり子




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1990年10月、文壇を揺るがす大事件が起こりました。一冊の薄っぺらな詩集が十万部を越えるベストセラーになったのです。茨木のり子さんが書いた『倚りかからず』です。

詩集の出版部数はプロの詩人でも普通千冊です。恩師の高田敏子先生でも三千冊。しかも自費出版で、その内、半分の1500冊を自腹で買取り、他の詩人と詩集交換するために取っておくのだと言っていました。

それほどに、詩では食えない、のが定説です。そうした状況下で、十万冊は驚天動地でした。その仕掛人は朝日新聞の「天声人語」。コラムの書き出しはこうです。

――「ここ数日、一冊の本を前に、ぼうぜんとしている。ただ、圧倒されているのだ。茨木のり子さんが七年ぶりに出した詩集『倚りかからず』(筑摩書房)である」

天声人語はこう続きます。

――「精神の背骨が、ぴんと伸びている。日本語が、みごとに結晶化している。むずかしいことばは、一つもない。だから、よくわかる。わかるから、圧倒される。▼茨木さんは、いま七十三歳。自分がかりにそこまで生きられたとして、『倚りかからない』ことを心底学べるだろうか。『なに不都合のことやある』と言い切れるか。『できあいの』思想や宗教や学問の背もたれに、相変わらず倚りかかっているのではなかろうか。どうしても、そんな思いにさせられる」


天声人語子は茨木のり子さんに会いに行って話を聞いてこう書きました。

――「外国の詩人が、詩とは思想を果物のように食べさせるものだ、と言いました。詩には、思索の美しさ、ものを考えることの美しさがあると思います。でも、日本の詩歌の歴史には、それが欠落していたと思うんです。それを埋めたいという感じが、生意気なんですが、ずっとありました」

新聞読者からの問い合わせが朝日新聞社に殺到し、筑摩書房には全国の書店から大量の注文が舞い込みました。担当者の話では15編1800円の詩集が羽のように宙を翔んだそうです。

NHKのラジオ番組に出演した際、茨木さんは「倚りかかるとすれば/それは/椅子の背もたれだけ と書いたあとで、『やがて杖も』と書いたのですが、それをやめてすっきりしました」と語ったそうです。

 ( Posted by 「詩のある暮らし」 )



rw 日本の「紫檀」と言う材料は中国の「老紅木」15



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