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青い鳥 キジバト a




 青い鳥症候群


  メーテルリンクの「青い鳥」という作品は絵本にもなっているので子どものころに読んだ人も多い。

  貧しい家に育ったチルチルとミチルの兄妹は、幸福を招くという青い鳥を求めていろいろな国に旅に出かける。しかし、結局どこにいっても青い鳥を捕まえることができすに家に帰ってくる。二人は疲れ果てて眠り、夢から覚めると、なんと家で飼っていた薄汚れたハトが青い鳥になった。 

 この物語にちなんで、現在の職場に不満を感じ、「もっといい職場があるはず」「自分の能力を活かせる仕事があるはず」と、理想の職場を求めて転職を繰り返す人のことを『青い鳥症候群』と呼んでいる。

  外側から見ると華やかでやりがいのある仕事に見えても、実情は意外と地味でかなりハードな業務。ほとんどの仕事がそんなものである。理想と現実とのギャップを埋められずに、我慢できず職場を転々としてしまう人がいる。しかし、どの職場でもそれなりの苦労があるため、理想の職場は見つからず最終的には絶望感を感じることにもなってしまう。

  自分に合わない仕事だと見切りをつけて転職をすることや、キャリアアップのための転職も時には必要だろうが、その際には自分がなぜ転職をしたいのかを冷静に考え直すことである。現状のどこに満足がいかないのか、理想ばかりを追い求めていないかをもう一度よく考えてみたほうがよい。


 もう一つの青い鳥

  メーテルリンクの青い鳥の絵本や童話集は子供向けのものであるため、最後には青い鳥が見つかったというハッピーエンドで終わっている。そして、青い鳥は身近なところにいたという話を「幸せは身近なところにある。だから、その身近にある日々の幸せを大切にしよう」という教訓的メッセージとして解釈するのが一般的だ。

  だが、メーテルリンクの青い鳥の原作ではその話に続きがある。もともとの原作は童話として書かれたものではなく、戯曲、つまり舞台用に書かれた。そして、原作では家にいた青い鳥も結局逃げてどこかへ行ってしまうところで話が終わる。

  この戯曲『青い鳥』の主題は「死と生命」を内に秘めている。人間が追い求める、うたかたの生命(即ち、幸運や幸福)も掴んだと思った瞬間に遠くへ飛び立ってしまう。どんな人にもかならず訪れる「生と死」の普遍的物語のことである。単なる幸福追求の童話劇では、1911年にノーベル文学賞を受賞することはできなかったであろう。

  この原作に対して、メーテルリンクの意図しているところに対してはさまざまな解釈が推測されるが、作家の五木寛之は著書「青い鳥のゆくえ」で面白い解釈をする。

  できあいの幸せ(青い鳥)なんてこの世にはない。幸せは簡単には手に入らない。でも人間には青い鳥(幸せ、希望)が必要だ。だからそれを作らなければいけない。

 人間は一つの幸せをつかむと、すぐに次の幸せを求めてしまう欲深い生き物。たまには自分の人生において本当の幸せとは何だろうかとじっくり考えてみるのもわるくはない。



青い鳥 キジバト



   青 い 鳥


人にはそれぞれに、天賦の才能があると言うが、思春期や青年期にはとかく劣等感が強く、人より劣っていると思いこんで、悩んだり、ときには、自己嫌悪のあまり、生きていても仕方がないのではないか、と真剣に悩むことがある。

 「自分は頭が悪い」と思いこんでいる人は、何かむずかしい問題にぶつかると「どうせできないんだから」といって問題解決の努力を放棄したり、はじめから努力する辛さを想定して、それを回避するための口実として「能力がないから」などと言って逃げてしまうことがある。自分にどんな能力があるのか、やってみなければだれにもわからない。

 問題は、「できない」と思い込むことによって、自分の能力を抑えてしまうマイナスの自己暗示である。やってみれば意外とできるものである。自分の中にある宝に気がつかず、掘りだす努力をしていないだけのことである。

 今の世の中には、夢がないとよく言われる。「将来どんな職業に就きたいか」という若い人たちへの意識調査の結果を見ても、「趣味を生かし、その日その日を楽しく暮らせればよい」といった、若者らしくない、老衰化した人生観や職業観が主流を占めつつあるのに気づくことがある。

 確かに、現代は、定職に就きたくても仕事がない就職難の時代である。そのような社会を招いた日本の大人社会の責任は重い。しかしながら、まもなく次の世代を担う若者にとって、悪いことを大人の責任にばかりしてはおれない。世界や社会の急速な変化に対応できず、自己変革できない大人社会の荒廃を見習って、不平不満を抱く若者が、これ以上増え続けたらこの国はどうなるのだろう。

 現代は、与えられる情報の量がむかしの何万倍とあり、取捨選択する能力だけで生きていける。だから、想像力や思考力が必要でなくなり、みな思考不全症候群に陥っている。 だが、人間は、パスカルの言う「考える葦」である。考えなければ、脳が退化して、一人ではなにもできなくなり、自立できなくなる。

「 私とはいったい何者であり、私が生きる意義・目的とはいったい何なのか」     
青春期の高校生にだけ賦与された、哲学的命題である。この青春の関門を避けて通る人には、開眼(少年のめざめ)、自我の確立、やがて一人前の社会人が訪れることはない。

 進学をめざすにせよ、就職するにせよ、自分の人生は一度きりである。悔いのない、心豊かな人生を送るために、人目を気にせず、人と比較せず、自分の心の中で、君だけを待つ、幸福の「青い鳥」を探してみよう。

 (2002年 アーカイブ 校長講話より)



 
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