教育評論

教育困難校

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2016 00 寒蘭 喜峰 長崎・西彼




 「教育困難校」


 「教育困難校」という言葉をご存じだろうか。さまざまな背景や問題を抱えた子どもが集まり、教育活動が成立しない高校のことだ。

 大学受験は社会の関心を集めるものの、高校受験は、人生にとっての意味の大きさに反して、あまり注目されていない。しかし、この高校受験こそ、実は人生前半の最大の分岐点という意味を持つものである。

 高校という学校段階は、子どものもつ学力、家庭環境等の「格差」が改善される場ではなく、加速される場になってしまっているというのが現実だ。本連載では、「教育困難校」の実態について、現場での経験を踏まえ、お伝えしていく。

 教育困難校には3タイプの生徒がいる

 いつの時代にも生徒の学力が低く、荒れた雰囲気の高校は存在する。時代によって愚連隊、不良少年、ツッパリ、ヤンキーなどと称される、やんちゃな言動の「ワル」な高校生たちは特定の高校に集まっていた。しかし、高校進学率が97%にも達した現在の「教育困難校」には、そうしたやんちゃな生徒たちだけが集まるわけではない。また、やんちゃな生徒たちも以前の同様の生徒たちとは気質が大きく異なっている。現在の「教育困難校」には次の3つのタイプの生徒が寄せ集められていると、筆者は感じる。

 第1タイプ……「ヤンキー」系

 やんちゃな言動の「ワル」、いわゆるヤンキーの生徒。勉強する気はほとんどなし。授業妨害を行う。

 第2タイプ……「コミュ障」系

 小中学校で不登校を経験した生徒。学びなおしたいという意欲が強い。コミュニケーションに自信なし。

 第3タイプ……「無気力」系

 気力・生気が感じられない非常におとなしい生徒。自己主張がまったくなし。他者との意思の疎通が難しい。

 教室の中に、この3タイプの生徒が「混在」することが教育困難校の問題の根本にある。

 第1のタイプ「ヤンキー」の生徒は勉強する気がないので、あらゆる手段で授業を妨害しようとする。自分で騒ぐだけでなく、第2タイプの「コミュ障」、第3タイプの「無気力」系の生徒も巻き込み、彼らの学習を邪魔する。当然、教師は「ヤンキー」系生徒への対応に最もエネルギーを注ぐことになる。その反面、第2や第3のタイプの生徒への指導がどうしても疎かになっていた。教師にとって、授業で騒ぐ生徒が最大の敵であり、静かに過ごせる生徒は集団の中に埋没して背景となってしまうのだ。

 また、「教育困難校」では、授業だけではなく、部活動や委員会、体育祭や文化祭などの学校行事を成立させることも非常に大変である。上に挙げた3タイプの生徒たちは、これまでの学校生活で何かの活動の中心となったことがなく、企画力や指導力、運営力を養う機会がなかった。そのため、部長や委員長の立場になっても、どう動けばよいかわからない。コミュニケーションの取り方も下手なので、共同で何かをやり始めると、すぐに人間関係で衝突を起こす。そこで、教師の指導が、進学校や中堅校以上に重要になる。

 生徒のタイプに合わせた指導法

 この3タイプの生徒たちには、それぞれ適した指導法がある。第1タイプ「ヤンキー」の生徒には説明する指導はほとんど功を奏しない。短いセンテンスの指示を大声で言うことが、彼らの耳に教師の声が届く唯一の方法だ。必罰主義も、彼らには効果的である。

 反対に、第2タイプ「コミュ障」の生徒には、教師や生徒の発する怒声は非常な恐怖となる。自分ではなく、他人が怒られているのを聞くだけで恐怖のため過呼吸の発作を起こしてしまう生徒もいるのだ。このタイプには、静かで穏やかに指導する必要がある。彼らは、高校で勉強をやり直したいという学習意欲や知的好奇心を持っているので、それらを満たすような内容のある指導も求めている。あまりに低レベルの学習を行わせると、それに不満を持ち、再度不登校になったり、転校したりもしかねない生徒たちでもあるから、注意が必要だ。

 第3タイプ「無気力」の生徒には、何をわからないかを教師が見つけ出し、小学生レベルから時間をかけて丁寧な個別指導で教えるしかない。しかし、現実には、授業の中で個別指導を行うことはできないし、放課後も、部活動や委員会指導、会議、書類作成等で多忙な教師には、彼らのために割く時間はない。

 上述の3パターンの指導を、1つの教室の授業で1人の教員が使い分けることは、どんなに優秀な教師でも不可能だ。

 生徒のタイプに合わせた指導ができれば、「教育困難校」での教育成果も向上すると以前から筆者は考えていた。近年は、各地で、第2タイプ、つまり小・中学校での不登校経験者を対象とする新しいタイプの定時制高校や通信制高校が公立・私立ともに新設されている。しかし、私立は高額な費用がかかり、公立はまだまだ数が少ないため、どこでも、入試倍率は決して低くない。そこを落ちた生徒が、やむなく「教育困難校」に進学して来る状況である。

 第3タイプ「無気力」の生徒が、どのような高校に進むべきかは、まだ議論が定まっていない。特別支援学校か、あえて普通の高校か、個々の生徒の状況で判断していくしかないのだろう。だが、ざわついた雰囲気で教員たちに余裕のない「教育困難校」が、将来のために彼らの能力を伸ばす場にはなりえないことは断言できる。

 高校に進学する必要性が本当にあるのか?

 暴論かもしれないが、第1タイプ「ヤンキー」の生徒が高校に進学する必要性が本当にあるのかは疑問だ。ヤンキーになったのには、同情すべき理由がある場合もあるだろう。しかし、まったく学習意欲がない彼らが高校に進学して、自身も周囲も苦痛の時間を過ごすことに意味があるのだろうか。実は、彼らの多くは、問題行動を起こしたことではなく学習面で単位が取れず中退していく。各高校が定めた進級のための出席や成績の条件は、彼らを高校生活から除くふるいとなる。

 中退していった彼らの多くは「フリーター」になる。ただ、学歴を重視しない建設業や飲食業、サービス業に就いて真面目に働き、彼らを暖かく育て見守る周囲にも恵まれ、年若くして立派な社会生活を営んでいることも間々ある。そして、20代初めで家庭を持ち、生まれた赤ん坊を抱いて、迷惑をかけた高校にかつての所業を謝りに来ることも少なくないのだ。そんな彼らを見ていると、社会こそ、彼らの「高校」という思いがする。

 ビジネスでは、「効率」が重視されるが、教育をすべて「効率」で語る風潮には筆者は異論がある。しかし、こと「教育困難校」の教育に関しては、「効率」的な指導がもっと考えられるべきだと思う。なぜなら、彼らの多くにとって、ここは社会に入る前に、そこで自立できる基礎能力・スキルを学べる最後の場となっているからだ。

 しかし、「教育困難校」はまだまだ、混乱の渦中にあるというのが、偽らざる現実だ。



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