雑学曼陀羅

蘭奢待の暗号

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2016 00 寒蘭 水晶寒蘭 『円空』2014日中水晶寒蘭連合会賞大賞・全国水晶寒蘭展覧会賞大賞1




 蘭奢待


 「東大寺」の名を秘める『蘭奢待(らんじゃたい)』


 日本人の名香ランクの頂点は、古来より「蘭の香り」であった

 にもかかわらず、蘭を愛でる風習は廃れ、蘭の香水を創ろうともしない

 西洋の高価なブランド香水からは「しずかな奥ゆかしさ」は伝わらない

 華奢の奢は、〔ひ弱な感じの〕delicate; 〔ほっそりした〕slender, slim

 「牡丹・芍薬を超える、寒のような優美で華な体つきの婦人をつ気持」

 が、奥ゆかしい内に秘められた優雅で気品の高いダビンチコードとも言えるだろう

 蘭の香りは、日本人の心と感受性・審美眼を蔵しているというのに



蘭奢待(らんじゃたい、蘭麝待とも)は、東大寺正倉院に収蔵されている香木。天下第一の名香と謳われる。

正倉院宝物目録での名は黄熟香(おうじゅくこう)で、「蘭奢待」という名は、その文字の中に"東・大・寺"の名を隠した雅名である。

その香は「古めきしずか」と言われる。紅沈香と並び、権力者にとって非常に重宝された。

全長156cm、最大径43cm、重量11.6kg(ベトナム産)錐形の香の原木。成分からは伽羅に分類される。

樹脂化しておらず香としての質に劣る中心部は鑿(ノミ)で削られ中空になっている(自然に朽ちた洞ではない)。この種の加工は900年ごろに始まったので、それ以降の時代のものと推測されている。

東南アジアで産出される沈香と呼ばれる高級香木。日本には聖武天皇の代(724年–749年)に中国から渡来したと伝わるが、実際の渡来は10世紀以降とする説が有力である。一説には『日本書紀』や聖徳太子伝暦の推古天皇3年(595年)記述という説もある。

奈良市の正倉院の中倉薬物棚に納められており、これまで足利義満、足利義教、足利義政、土岐頼武、織田信長、明治天皇らが切り取っている。

2006年(平成18年)1月に大阪大学の米田該典(よねだかいすけ。准教授、薬史学)の調査により、合わせて38か所の切り取り跡があることが判明している。切り口の濃淡から、切り取られた時代にかなりの幅があり、同じ場所から切り取られることもあるため、これまで50回以上は切り取られたと推定され、前記の権力者以外にも採取された現地の人や日本への移送時に手にした人たち、管理していた東大寺の関係者などによって切り取られたものと推測される。


 天正二年(1574年)3月28日、織田信長が東大寺・正倉院の宝物を見て、「黄熟香」を削り取りました。

 現在も、東大寺・正倉院に保管されている、この黄熟香(おうじゅくこう)とは、東南アジア原産の香木・・・炊くと良い香りがする・・・正倉院の物は長さ156cm、重さ11.6㎏と大変大きく、これほどの大きさの物は珍しいそうで、特別に『蘭奢待(らんじゃたい)』という名前がついています。

 正倉院の黄熟香=蘭奢待…しるしのうち、左部分が明治天皇、右手前の二つのうち右が足利義政で左が織田信長が削った部分。
(*他にも削ったとおぼしき箇所もあり、削ったと噂される人物もいますが、正式に記録されているのは、この3名の3ヶ所です…最新情報は下記「箇条書き部分」参照)

 正倉院を開けて中の宝物を見た人というのが・・・寛仁三年(1019年)、藤原道長が宝物を見る。 至徳(元中)二年(1385年)、足利義満が宝物を見る。 永享元年(1429年)、足利義教(よしのり)が宝物を見る。寛正六年(1465年)、足利義政が宝物を見て、「黄熟香」を削り取る。  天正二年(1574年)、織田信長が宝物を見て、「黄熟香」を削り取る。 明治十年(1877年)、明治天皇が宝物を見て、「黄熟香」を削り取る。



2016 00 蘭奢待1 RanJyaTai_Shosoin
 

 蘭奢待の切り取り


 織田信長の蘭奢待・削り取り事件…その真意は?

 天正二 (1574)年3月12日、信長は京へと発向した。

 奈良・東大寺の正倉院に収蔵されている香木・蘭奢待(らんじゃたい)を天皇家より賜るためであった。

 蘭奢待は、天皇家の宝物。

 信長以前に切り取りを許されたのは、室町幕府三代将軍義満、六代・義教、八代・足利義政のみとみられ、いかに将軍であっても簡単に許されるものではなく、

 天皇の勅許が得られず、なかば強圧的に切り取りの許可を迫ったものといわれている。

 信長以後、確認されているのは明治天皇のみで、徳川家康も切り取ったのではないかという。

 3月26日、朝廷より日野輝資、飛鳥井雅教が勅使として派遣され、蘭奢待切り取りを許す綸旨を伝達。

 翌27日信長は奈良の多門山城(多聞山城)へ入る。

 そして東大寺へ特使として塙九郎左衛門・菅谷長頼・佐久間信盛・柴田勝家・丹羽長秀・蜂屋頼隆・荒木村重・武井爾伝・松井友閑・津田坊(信澄?)など錚々たる家臣団を派遣するのであった。

 28日、長さ六尺(約1.8m)の長持に入れられた蘭奢待(自体は長さ160cm、重さ11.6kg)は、信長の待つ多門山城の御成りの間に運ばれた。

 信長は、先例に習い一寸八分(約5.5cm)切り取り、同席した家臣らにも「後の話の種によく見ておくが良い」と語ったそうである。

 信長が切り取ったとされる部分は、蘭奢待につけられた付箋によると写真の真中あたり。

 その右が八代将軍足利義政、左の端が明治天皇である。



2016 00 蘭奢待2 RanJyaTai_Shosoin

 「蘭奢待」の別名で知られる香木「黄熟香」に見入る内覧会の来場者ら=28日午後、奈良市の奈良国立博物館、小林裕幸撮影・・・ 第63回正倉院展が29日、奈良市登大路町の奈良国立博物館で始まる。

 織田信長らが切り取ったとされ、「蘭奢待(らんじゃたい)」の名でも知られる香木「黄熟香(おうじゅくこう)」など62件が出展。 28日の内覧会では多くの人が見入っていた。 最終日の11月14日まで無休。

 香木を表に張り付けた小刀「沈香把鞘金銀荘刀子(じんこうのつかさやきんぎんそうのとうす)」や 練った香の粉を塗り込んだ容器「沈香末塗経筒(じんこうまつぬりのきょうづつ)」など香りにまつわる品々のほか、宝石や唐草文の金具をあしらった名刀「金銀鈿荘唐大刀(きんぎんでんそうのからたち)」、聖武(しょうむ)天皇(701~56)が着用した「七条織成樹皮色袈裟(しちじょうしょくせいじゅひしょくのけさ)」もある。



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