文学・芸術

姜尚中と漱石

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2016 00 k 恵蘭「達磨中斑」1 惠蘭




 姜尚中と漱石


 漱石文学は究極の癒やしだった


近著『漱石のことば』の書き出しの「残念な青春――。」
という言葉にハッとする。
姜の10代は、1960年代と重なる。
日本の高度成長期の真っただ中で孤独感に陥り、
なぜ夏目漱石に傾倒していったのか。

 
まさに世はイケイケドンドンの時代。自分の在日二世という立場に悩んだこともありますが、どうしようもなく孤独だったのです。周りと同じに、眩しく燦々と輝く太陽の下、青春を思いっきり楽しみたい。そんな私にとって漱石は、淡いペンライトのような光でした。出身地の熊本は、漱石が五高(現熊本大学)で教鞭を執ったゆかりの地ですから、小さい頃からなじんでいた作家です。

まず手にしたのが『坊ちゃん』の絵本版でした。でも、最初に「いいな」と思ったのはやはり『三四郎』。60年代の終わり、私も故郷の熊本を離れ、ひとり上京しました。それで三四郎を身近に感じたのでしょう。入学した早稲田大学は、盛んだった学生運動が勢いを失い、世の中は大阪万博のお祭り気分に浮かれていました。そんな雰囲気になじめない私は、暗い地下室のような世界に閉じこもりました。

そのタイトルに惹かれて読み始めた『心』で、主人公である「私」が先生と呼ぶ人物が「私は淋しい人間ですが、ことによると貴方もさびしい人間じゃないですか」とつぶやくシーンがあります。私が求めていたのは、こんな自分を慰めてくれる言葉でした。以後、漱石は私を地下室から連れ出してくれるメンターになったのです。

漱石の小説は『坊ちゃん』のようにユーモラスなものもありますが、明るい雰囲気の作品は意外に少ない。しかし、当時の私にとっては、明るさよりも、暗さこそ必要でした。折々に、漱石を読むと「私も人並みに悩むことのできる人間だ」ということを感じ取ることができたのです。その意味で漱石文学は、私にとって究極の癒しだったのかもしれません。


2016 00 k 恵蘭「達磨中斑」 惠蘭



 漱石作品は悩めるビジネスマンに


――その時代は、漱石よりも司馬遼太郎が読まれていた気がします。日本全体が、彼のいう“坂の上の雲”をめざして進んでいたからです。

司馬作品は漱石とは違います。世間が勢いづいているときはピタッとはまりますが、いまのように、みんなが成長を続けることに疲れた時代には漱石に戻るのではないでしょうか……。街中を多くのビジネスマンが歩いていますが、誰しもが心中に仕事や人間関係での悩みを抱えている気がします。だからこそ、漱石作品は悩めるビジネスマンに読んでほしい。

――確かに現在の日本は、いろいろな意味で岐路に立っているのかもしれません。それだけに『三四郎』のなかで、東京帝大に受かった三四郎が、上京する車中で出会った教師が発した言葉は強烈です。日露戦争に勝利して、日本も一等国になったと自惚れる姿に「亡びるね」と言い放ちます。

この言葉は、太平洋戦争で日本が被占領国になったというような亡国の事実を差しているのではないでしょう。おそらく、これまでの繁栄や幸せを求めていく生き方にピリオドが打たれるということです。つまり、常に前向きで上昇気流に乗ろう、そして、過去のことは忘却の淵に忘れてしまえばいいといった方法が通用しなくなる。数年前に『超訳ニーチェの言葉』があれだけ読まれたのは、世の中の価値観が変わりつつあるからにほかなりません。ニーチェの思想は基本的に価値の転換です。

歴史的に見て、それ以前に日本人の価値観が劇的に変化したのは明治維新です。偶然ですが、漱石は元号が明治に変わる慶応3年(1867)に生まれています。まさに、変革期に生を受けたわけです。それまでの江戸時代は、長く安定していました。そこに欧米列強の圧力で開国を迫られるというトラウマを受けてしまった。それが、明治政府の富国強兵や戦後の経済至上主義につながった気がしてなりません。しかし150年が経って、それも終わろうとしています。

漱石も留学先のイギリスでトラウマを得ています。当時のロンドンは世界一の都市でしたが、下宿に引きこもったという彼の目に映った光景は憂鬱なものでした。けれども、それから逃げずに向かい合った結果、神経衰弱になってしまう。しかし、心を病んだがゆえに、その感性は恐ろしいまでに研ぎ澄まされました。私が漱石に惹かれるのは、そんな視点で現実を見つめ、そこで苦悩する人たちを描いているからです。


2016 00 k 日本春蘭「稲妻」 



 金を見るとどんな君子でもすぐ悪人になる


――主人公にしても、歴史上の偉人ではなく、どこにでもいる等身大の人たちですね。

三四郎も『それから』の代助も現代の日本の若者そのものです。恋に悩み、仕事に迷う。そんな彼らでさえ、心に悪のムシを飼っています。ただ、この場合の悪というのは犯罪というよりも病気ととらえるべきでしょう。背後にあるのは、極端な不足と過剰。人間は不足状態に陥ると、そこから脱出しようとして悪が頭をもたげます。ムシが増殖するわけです。もう一方で、過剰なのにもかかわらず、さらに欲にかられると悪に走りやすい。

きっかけは金銭かもしれません。『心』に「金さ君。金を見ると、どんな君子でもすぐ悪人になるのさ」という一節があります。いまも昔も変わらぬ金言です。お金は、あらゆる不幸をもたらす災いのタネでもありますが、いろいろなことを解決してくれる救世主のような側面もあります。資本主義は、この矛盾をエサに人の心を釣り、これまで延命してきました。漱石は、悪の正体を、ごく日常の言葉を通じて明らかにしたのです。人生の深淵を覗くようにして、私たちの時代を見定めていたのです。漱石が読み継がれてきた理由はそこにあるのではないでしょうか。

――とにかく、いまの日本は、殺伐としていて、とりわけ若い人には希望が見えにくい。そうしたなか、漱石からどんな思いを汲み取ればいいですか。

そんな世の中ですが、漱石は『草枕』のなかで「世に住むこと二十年にして、住む甲斐ある世と知った」と記しています。私も還暦を過ぎて、そう思うようになりました。もちろん、日々のストレスがないわけではありません。また、ああでもない、こうでもないと悩むことしきりです。しかし、それでいい。60代後半の私は、まだまだ人生の途上を生きているからです。

漱石の短編に『硝子戸の中』という作品があります。あるとき、漱石のもとに、恋に破れた女性が相談に来ます。彼女は「死にたい」とつぶやきました。しかし、漱石は彼女を押しとどめ、すべてを癒してくれる“時”の効用を語るのです。すっかり夜も更け、彼女を送りがてら漱石は、曲がり角に来たとき「死なずに生きていらっしゃい」と声をかけます。何と思いやりのある、温かい言葉でしょうか。私は漱石のすべての人に対するメッセージとして受け取りたいと思います。(姜尚中)



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