忘れえぬ光景

蝶のサンクチュアリ

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アサギマダラ tVoBVRHB 
 日本の貴婦人 アサギマダラ





 未知との遭遇


  「人間の知識は、大海原の浜辺に無尽蔵にある、小石の一つにすぎない」
 たしか、アイザック・ニュートンの言葉だったと思う。

 これまでに、触れたことのない、異なった文化や趣味に遭遇したり、体験することは、年齢とは関わりなく、生きることの大きな歓びにつながる。

 赴任以来、当地の山野草や茶花に関心を抱き、虚空蔵山系の山野を散策するようになって、気づいたことがある。それは、湧き清水が流れる深山幽谷の花に飛来する蝶の種類や生態が平地のそれと違うことであった。

 恥ずかしい話であるが、私の幼児性の好奇心と未知との遭遇欲求症候群は、美術品に魅せられた愛好家のように、日ごとに募り、疼きだし、じっとしておれなくなるのである。

 虚空蔵山系の蝶に魅せられて、休日ごとに、その観察と森林浴に出かけた。

 雲仙にしかいないと聞いていた、保護蝶のアサギマダラを三頭も観察できた。薄暗い緑陰のトンネルの中を、ゆったりとたおやかに舞う姿は、さながら長谷川等伯の六曲一双の朝霧に煙る松林の屏風絵を見るがごとく、優雅で気品に満ちていた。

 鱗粉がないためにあでやかな彩色を抑えた、透き通るような美しい翅のこの蝶は、朝夕の涼しい時間帯に、直射日光を避けて、林間に棲息することを知った。

 「もののあわれ」を感じる純日本的な蝶であった。

 樹上の高いところを飛び、なかなか降りてこないゴマダラチョウ、美しい石垣模様のイシガケチョウ、淡い水墨画のような寂びた色合いのジャコウアゲハ、翅の裏表の色と模様が極端に異なるサツマシジミ、あでやかな豹の文様を装ったミドリヒョウモン、産卵のために食性木に集結した鼻の長い無数のテングチョウ等々、これまで観たこともない珍しい蝶々の宝庫であった。

 驚くべき習性をもった蝶もいた。
 はじめは全然気づかなかったが、観察に少し慣れたころ、人や車が近づくと林道から飛び立つ黒いものに気づいた。

 車を止めて観察したら、肉眼で追えないほどの猛スピードで直進したり、ジグザグ飛行したり、頭上を旋回したりして、闖入者を威嚇した。スズメバチの襲撃を経験したことはあったが、蝶一頭による攻撃ははじめてのことであった。
 精巧なレーダー網をかいくぐって襲来する米の最新鋭ステルス戦闘機のように、夕暮れの山中で背筋が寒くなるほどの恐怖感を覚えた。

 このなわばり意識が強い攻撃的な蝶は、黒地に瑠璃色の一文字模様を持つ、翅が堅くて分厚いルリタテハチョウであることがわかった。

文明が進み、高度情報化、都市化、利便性、大人社会の拝金主義の中で、自然が、感性が、子供たちから遠ざかっていく。
 バーチャル・リアリティ(仮想現実)の世界やケータイ文化が、生命の尊さやはかなさに感動する心を曇らせていく。

 大人は、かって子供だったのに、今はもう子供の心が分からなくなってしまった。

 子供たちのサンクチュアリ(聖域)を侵してしまった大人社会と、ルリタテハのなわばりに闖入し、逆襲された私が重なり、申し訳ない気持ちで、アサギマダラの道を急いだ。

 (イシコロアーカイブ 「歳時記」より )


 ☆ ☆ ☆

 平地よりも深山幽谷の蝶に魅せられた人は多い。
 森の奥の方が空気がきれいで、フィトンチッドとエーテルが満ちあふれ、湧き清水が冷たくおいしい。

 最近、ブータンで、すでに絶滅したと思われていた、世界的なまぼろしの蝶「ブータンシボリアゲハ」の生息が日本の調査隊によって確認された。日本のギフチョウに似ている。

 その稀少さのために、完品であれば1頭何千万で取引されるため密猟者が増えないか憂慮している。同じヒマラヤ山系の中国雲南省に、この蝶に酷似するウンナンシボリアゲハがいる。参考までに紹介する。

ブータンシボリアゲハ SEB201202150011
 ヒマラヤの貴婦人 ブータンシボリアゲハ


ブータンシボリアゲハ
 


 
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