忘れえぬ光景

『蝶の道』

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アオスジアゲハ



 慣性の法則からは逃れられない


人間も蝶も同じだと思うことがある。

通い慣れた同じ道を行き来しながら、危険が待ちかまえていることに気づかない。

同じあやまちを繰り返しながら、歴史から学ぼうとする智慧がない。

昔はこれでよかったのに! どうして破産しなければならないの?

あんなに努力したのに、どうして報われないのか?

だが、時代は目まぐるしく、進化、変化していく。

時代の流れについていけないものは、消滅していくのが自然のならいである。

この摂理は、昔と変わることはない。

普遍の真理である。

20年前のイシコロ・エッセーを思い出した。


   蝶 の 道

 
四月下旬のよく晴れた日曜日、知人の蝶の収集家御夫妻に誘われて、長崎市の唐八景の丘にハタ(凧)揚げに出かけた。芝生の広場から見晴るかす長崎港、海、山、空、島は地名の通り、一大パノラマを展望する絶景であった。折りしも、長崎帆船祭りに国内外から集まった七艘の帆船を眼下にして、しばし江戸時代へのタイムスリップを楽しんだ。

 白地に赤のカエデ模様を配したカナダ国旗のハタは、薫風に乗り、透き通るようなコバルトブルーの青空を背景にして、すいすいと泳ぎ、あっという間に五百メートルの高さまで上がった。少年時代に体得した勘を呼び戻すのにさほど時間はかからなかった。

 ヨマ(凧糸)を持つ感触は、かって平戸の志々伎沖で4.5キロの桜鯛を釣り上げるときに格闘したあの感触に似ていた。ヨマ裁き一つで、掛かった獲物を自由に操る老練な漁師のように、どこまでも高く澄みきった天空のフィッシングに酔いしれた。


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長崎唐八景のハタ揚げ



 「蝶の道」にビニールのござを敷いて、昼食にした。
 専門家によれば、この道は、灌木のどれかに花が咲き、薄暗い茂みの緑陰と陽当たりのよい木々の切れ目があり、下草も花を付けている、風がよく通る場所のことであった。

 子供の頃は魚すくいの網で、蝶やトンボを追いかけて昆虫採集をしたが、専門家の人たちはそんなことはしない。蝶の習性や食性を観察して蝶の通り道を選びさえすれば、必ず同じ道を往来し、その場に居ながらにして、蝶を観察したり捕獲することができる。

 追いかけなければ捕獲できない種類の蝶もいる。春の蝶は真夏の蝶より小型である。蝶の繁殖力はゴキブリのそれより旺盛である。ある場所だけにしか棲息できない珍しい蝶もいて、発見したときの歓びは金の鉱脈を掘り当てた人に勝る。絶滅しかけている希少種なので、収集家の間でも、乱獲を防ぐために絶対に場所を教えない。等々、多くのことを教わった。

 教えられたとおり、蝶の道に立ち、補蝶ネットをかまえてじっと待った。素人の私でさえ数種類の蝶を易々と捕獲できた。春の陽光を反射する蝶の鱗粉は、どれも神秘的で、妖しく魅力的な自然の造形美に目を見張った。

講義の後の実習の成果は歓びだけではなかった。
 「蝶の道」は、はかない風の道でもあった。迫り来る身の危険も知らず、同じ道を行き来する蝶の習性は、自然を支配できると過信し、大地の美しさに対する感受性を失いかけた現代人のおろかな習性に酷似していた。古い価値観を捨てきれず、新しいチーズを探しに迷路に出かけて、自らを変えようとしないかなしい人間の道でもあった。

 ネットから放たれた美しいアオスジアゲハは、梢を超えて大空に消えた。丘の上にかぎろいの立つ、うららかな春の一日であった。



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