忘れえぬ光景

体外離脱体験(1)

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アサギマダラ tVoBVRHB深山幽谷に咲くオトコエシの花を吸蜜するアサギマダラ



 超常現象と体外離脱体験

 たとえば、脳と心の関係について、これまで多くの研究がなされ、多くの成果をあげてきた。「心は脳の機能」であるということは、どうやら真実のようある。神経細胞(ニューロン)はどこまでも細かく調べられ、それらを構成する様々の素子の分子構造からそれぞれの細胞の性質までがほぼ明らかにされている。また様々な測定機器の進歩により、生物を生きたまま機能の面と関連づけながら様々な現象を測定することができるようになってきた。

 MRIやPET(Positron Emission Tomography:腫瘍の機能をみる画像診断)から得られた美しいCGをもちいて脳と心について説明されれば、素人目には心脳問題のすべてはすでに明らかになっているように見える。しかし、そこには最大の難関がある。それは「心の立ち上がる瞬間」である。一体何がどのような機構で働いたときに「心」は生起するのだろうか。心自身である私にとって、その刹那は最大の謎である。

 ところで私自身、いくつかの「体験」を通して、自分の心とそれが感じている世界が、実はそれほど確固たるものではないのではないか、と考えている。その体験というのが、「体外離脱体験(OOBE:Out Of Body Experience)」である。調べてみるとそれほど特殊な体験ではなく、誰の身にも起こる可能性がある。頻繁に体外離脱が報告されるのは「臨死体験」である。しかし死に瀕さずとも体験されるOOBEも多くあるようだ。

 私の個人的な体験では、五十九歳にして胆嚢摘出手術を余儀なくされ、その全身麻酔がまだ醒めやらない時だった。全てが透きとおる透明なガラス張りの宮殿の中にいた。床も透きとおり、すべてがキラキラと輝き、庭園にはいろいろな花が咲き乱れ、池には白鳥が悠々と泳ぎ、この世のものとは思えないほど、のどかで美しい桃源郷にいた。麻酔が醒めかかるとき、そばにいた看護師さんを、責めるかのような口調でかなり激しく叱っていた、と、正気に戻ったときに家内が教えてくれ、恥ずかしい思いをした。

 OOBEの境界上にいたり、麻薬・アルコール中毒患者や精神病患者が口走ることばは、無意識(潜在意識)下の言語とはいえ、実に自己中心的表現であり、普段仮面をかぶって口にできないことば(本音)を平気で言ったりして、意識と言語、言語の本質と発生過程に興味をそそるものがあった。

 臨死体験した人には世界中で共通したいくつかの要素がみられるという。体外離脱・三途の川のような境界のイメージ・トンネル・光のような絶対的な何かへの遭遇・お花畑のような安らぐ環境・故人との再会などである。さらに、人生のパノラマ回顧というものも多く報告されている。面白いことに、臨死体験ではその体験時の心は平静で、さらに「エクスタシー」を感じたと言う。また、ほとんどの人はそれ以来、死が恐くなくなり「人生を積極的に生きよう」という変化がみられるという、報告がある。


 『五蘊皆空、色即是空』


 なにも超常現象ばかりではない。私たちの周りには不思議なことが満ち溢れている。
 例えば、沖縄群島から関東地方まで、旅をするアサギマダラという蝶がいるが、蝶の小さな脳で初めての道を数千キロも迷わずに飛んでいけるはずがない。蝶もテレロボットであり、見えざる存在に操縦されているのだと考えれば説明がつく。

 地上にある生物は進化してでき上がったものだとされているが、このような複雑きわまる有機体が偶然の積み重なりでできるはずがない。地球上の生物の体は、きわめて高度な科学技術によって作られたロボットとみなしても不思議はない。

 般若心経には『五蘊皆空、色即是空』と書かれている。五蘊とは五感のこと、色とは目に見えるもののことである。「五感は実体のないもの、目に見えるものは実体のないもの」だと述べている。つまり、「五感はバーチャルなもの、目に見えるものはバーチャルなものだ」といっている。そして五蘊皆空、すなわち五感で感じている世界はバーチャルな世界だと知れば、一切の苦を克服することができるといっている。

 例えば、自分がひどい目にあっていると思ってもそれは自分が操っているロボットがひどい目にあっているのであって、本当の自分はただバーチャルなイメージを体験しているだけである。逆に、地位や名誉を得たといってもそれはロボットがそういう立場になっただけで、自分は何も得ていない。地位や名誉はなんの価値もない。実際、世界的な大発見や大発明をしたといってもそんなものは、この世というバーチャルな視界から見れば、とるに足らない些末なことだと言っているのである。

 なぜ、バーチャルリアリティーの技術もなかった昔の宗教家がバーチャルな世界のことを知っているかといえば、この世というバーチャルな世界を作ったきわめて科学技術の進歩したより高次元の世界から情報を受け取っていたからである。宗教ばかりでなく芸術や科学の偉大な天才たちは、このような高次元世界から情報を受け取って素晴らしい仕事をしている、という仮説にたてば、それなりの説明はできる。


アサギマダラ 20081007185313
アサギマダラと野アザミの花


 豆知識

 体外離脱(たいがいりだつ)あるいは体外離脱体験(たいがいりだつたいけん、英: Out of Body Experience、略称: OBE または OOBE)とは、自分の肉体から抜け出す感覚の体験のことである。

国籍・文化圏にかかわらず、このような感覚は見られ、10人に1人程度は生涯に一度は経験はしているとも言われている。

体外離脱の典型は、自分が肉体の外に「浮かんで」いる、あるいは自分の物理的な肉体を外から見るといったものである。"体外に引っぱり出される"感覚とともに体外離脱体験をする人もいれば、突然体外に出ている状態を体験をする人もいる。

また、一般的な特徴として、イメージの具現化や明確な自我、鮮明な五感等が挙げられる。体外離脱を体験する時間はさほど長くなく、分単位であるとされる。体験者の中には、主観的な感覚としては、実際の経過時間よりもはるかに長い時間を過ごしているように思われると指摘する人もいる。

体外離脱が起こるのは、主に、何かしら危険に遭遇した時、臨死体験をしている最中、あるいは向精神性の薬物を使っている時であるとされる。だが人によっては、平常時、ごく普通の睡眠中、明晰夢の最中や、いわゆる「金縛り」・・わたしは数回経験したことがある。明らかに目を開けているのに、鎧甲冑をまとった戦国武将がベットの足側に立ち無言でわたしを見ている。怖くて体を動かそうともがくが微動だにしなかった・・が起きている時に経験することもあるという。

自らの意思で体外離脱体験をコントロールする人もいるという。一部には訓練によって体外離脱体験を起こそうとする試みもなされている。この場合瞑想に近い方法がとられているようである。ヨーガの行者などは修行中に体外離脱を起こすことは珍しく無いそうである。(Wikipedia)


 
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