忘れえぬ光景

負笈の友 Dr.宮嵜文彦

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2001 雪紋の浅間山a




 負笈の友 Dr.宮嵜文彦


38歳の時、縁あって文部省(現・文部科学省)主催の高等学校英語教育指導者養成講座に正月明けの一か月間ほど参加する機会を得た。

その時の親友・宮嵜さんとの賀状交換は今も続いている。
彼は俳人でもなかったが、たまたま住友生命の俳句に応募して一席となり、その副賞で米国一周旅行を獲得した。
Japanese Haikuの講義の時に、この稀有な体験を話してくれた。

 ただひとつ 残れる柿の あざやかさ 

 (一席グランプリ受賞作))

長野・松本市から自家用車で筑波教育会館に参加していたので、研修中の連休に一次帰省するから遊びに来ないかとお誘いを受けた。退屈をしのぐため一つ返事で承諾した。

イシコロよりかなり年輩の御仁で、セミプロ級のスキーヤー、IT先端技術者、とマルチの才能を持った魅力的な教師だった。彼もまた退職後県内の大学教授として招聘された。長崎の住所に出した賀状が戻ってきて、先日遅ればせに届いた最大容量の細字満杯の内容がおもしろい。紹介してみる。



2001 雪紋の浅間山



 「霞網」は透明の細い絹糸製の鳥捕獲網で、群れ雀の鳥目と夕暮れの低空飛行習性を利用して、小高い丘の端の低い木立の手前などに仕掛けられました。文字通りカスミのようで義務教育未修のスズメには識別不能です。

 朝鮮のスズメは、ダイエット中のゼロ戦に似た信州産の倍くらい肥えていて、米軍戦闘機のグラマン風で、家庭のしつけが徹底していないためかいともたやすく掛かり、カマスに何杯も詰め込むほど獲れ、基礎処理を施して内地に送り、甘辛い味付けの缶詰になるのだと聞いていました。

 何度も「踏み込んだ」祟りか食欲がわかず、いまだに焼き鳥を食したことはありません。
霞網は昭和二十二年に禁止されましたが、益鳥まで一網打尽にしてしまうからです。

 自分で言うのもなんですが、鳥で言えば間違いなく「益益鳥」であり「名禽」であると自覚している私も「後期高齢者」という名の「霞網」でそんじょそこいらの群雀と一緒くたに一網打尽で括られるのは心外です。

 これは「オレは並の人間ではない」と深く深く信じ込んでいるためで、その信念の強さたるやもはや信仰といってもよく、妻との日常の折り合いにも差し障るほどでした。

 ところが厄介なことが起こりました。周知のごとく、私は長年ノーベル賞級の人間考察研究を続けてきましたが、やっと纏まってきた深遠な結論では、
「並の人間とは、自分だけはそうじゃない、と思っている人のことである」ということになりそうなのです。

 これには心底参りました。それで誠にもって困惑している今日この頃なのです。
こんな私ですが、並ではない皆様方、今年もお元気でよろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。

   昭和九十二年 元旦 

 
 
 老眼鏡はおろか拡大鏡で読まなければならない「年頭のあいさつ」である。
ここまで諧謔と風刺に富み、自虐的、偽悪者的な文章はイシコロには到底書けない。

 昨年の賀状も大笑いできたが、84歳の年男・宮嵜氏はやはりただものではない。
もう一回り運よく7回目の酉年・年男を迎えることができたら、かくありたし。

 そうそう、長野の自宅へ帰省の途中、はじめて目の当たりにした積雪の浅間山の風紋の雄大な姿が目に焼き付いて、奥方の歓待で出された、樽から取り出したばかりの氷の付いた野沢菜漬の味が今だに忘れられない。



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