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忘筌蹄

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2017 t 陶印b-4 忘 筌蹄 せんていをわする 




 忘筌蹄


2017 t 陶印b-5 忘 筌蹄 せんていをわする 



 「忘筌(ボウセン)」

 『荘子』の雑篇、「第二十六外物篇」に出てくる言葉です(外物篇の一番最後の節に出てきます);「筌(セン)は魚(ウオ)を在(トラ)うる所以(ユエン)、魚を得て筌を忘る。蹄(テイ)は兎を在うる所以、兎を得て蹄を忘る。言は意を在うる所以、意を得て言を忘る。吾れ安(イズク)にか夫(カ)の妄言の人を得て之と言わんや。」

「筌」は魚を捕るために水中にしかける竹製の籠。「蹄」は『漢字源』にも「ひづめ」以外の意味は載っていない古い言葉のようですが、解説書は兎を捕らえる罠としています。

『荘子』の意味は、「道具は目的を達成すればもう不要なもの。言葉もそれと同じで、その意味が理解できれば忘れてしまってよいものだ(何時までも言葉そのものに捉われない)。言葉を忘れることができるような人物と出会って、物事の真実について話し合いたいものだ」といったところでしょうか。

私は書物も同じだと思っています。大切なのは筌でも蹄でもなく、書物の内容です。内容を理解してしまえば、もうその書物は不要です。どんどん友人にあげるか、古本屋行きです。世の真面目な坊主はお経をありがたがって、「どこどこのお経にこう書いてある」「お釈迦様がこうおっしゃっている」とかいってありがたがっているが、こうした坊主にはこの「忘筌」と言う言葉を教えてあげたいとよく思います。

ちょっと分かっている禅坊主ならもっと過激に「尻を拭いた紙をお前さんいつまでも取っておくのかい」ときめつけてくるところでしょうか。

学歴、知識、名誉、地位をいつまでもひけらかす現代人にとっては恥ずかしく耳の痛い話であります。


この「筌」と「蹄」を一つにした「筌蹄」という言葉は、中国の古典に沢山出てきます。『荘子』のあちこちに使われているだけでなく、禅語としても使われています。近代では例の『菜根譚』にも使われていますし、日本の茶道でも多用されています。

『菜根譚』の例を引用しておきます。味わってみてください:「善(ヨ)く書を読む者は、手舞い足蹈(フ)む処に読み到るを要し、方(ハジ)めて筌蹄(センテイ)に落ちず。善く物を観る者は、心融(ト)け神洽(ヤワラ)ぐの時に観到らんことを要す。方(マサ)に迹象(セキショウ)に泥(ナジ)まず。」



2017 t 陶印b



 【得魚忘筌】 とくぎょぼうせん


【魚(うお)を得(え)て筌(セン)を忘る】と訓読みされます。
魚を捕ってしまうと、使っていた道具の事は忘れてしまうことを言ってます。

このことから、目的を達成すると、いままで役に立っていたものを忘れてしまうという譬えを表す四字熟語です。
【筌】は、『やな』と言って竹で編んだ漁具のこと.
   籠の形をし、水中に沈めておいて魚をとるために使います。


2017 t 陶印b-3


【得魚忘筌】は『荘子』・外物篇に出ています。

筌(セン)は魚に在る所以(ゆえん)、
   『やな』は魚を獲えるためのものであるが、
魚を得て筌を忘る。
   魚が獲れたら『やな』の事は忘れて仕舞う。
蹄(テイ)は兎に在る所以、
   『わな』は兎を獲るためのものだが、
兎を得て蹄を忘る。
   兎が捕まったら『わな』のことは忘れてしまう。
言は意に在る所以、
   言葉は人の思考を相手に通じさせるためのものだが、
意を得て言を忘る。
   思考するところが伝われば言葉は忘れてしまうものである。
吾、安(いずく)にか夫(か)の忘言(ボウゲン)の人を得て、之(これ)と与(とも)に言わんや。
   私はどうにかしてこのように、言葉を忘れ去った人と共に語り合いたいものである。



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