書画・骨董

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s-石井不老 備前塁座耳壺 萬暦赤絵尊




 まぼろしの萬暦赤絵 20120310


 人は、生まれよろこび、苦しみ、そして死す

確か、ラテン語購読の講義で出逢った表現だったと思う。

芸術家も数寄者も骨董・古美術に衰退の美を見出そうとする。

老人もまたふるきよきいにしえを偲び、誕生と衰退のアンビバレンスに陥る。
 



            
  雲鶴山房主人 「イシコロ歳時記 アーカイブ」より


 平成十年 戊寅 正月幕の内匆々、吉報が舞い込んだ。日頃から懇意にしている骨董屋の主人からである。数年前に頼んでおいた中国明時代の萬暦五彩赤絵の古陶磁硯が手に入ったというのである。茶人や古美術愛好家であれば、萬暦赤絵なるものがどれほど希少価値があり、珍重され、垂涎の品であるか。私の胸は、童子のように弾んだ。

 この赤絵は明時代の萬暦年間(一五七三~一六一九)に官窯(御用窯)の萬暦窯で作られた。この時代は明朝末期に当たり、治世が乱れ、その影響はやきものにも反映して、土の素地も絵付けも粗くなり、乱雑なものが多くなる。王朝の衰退と共に退廃的な末期症状が現れる。ところがどういうわけか日本では、「綺麗寂」などと言って、特に茶の湯の世界で珍重され萬暦赤絵の名を高めた。


a 萬暦赤絵 五彩龍鳳獅子文 尊


 「どんな形をしてますか?」
 「楕円形で手のひらに乗るサイズです」
 「色は何色ありますか?」
 「赤、青、緑、黄と地肌の白で五色です」
 「裏の年代銘は?」
 「大明萬暦年製と青黒い染付で書いてあります。兎に角、一度来てご自分の目で確かめてください」

 息を弾ませながら矢継ぎ早に質問を浴びせた。いつもの癖で、矢も盾もたまらず翔んでいきたい気持だったが、所要時間を考えて、はやる気持ちを抑えた。

 受話器を置いてしばらくすると、骨董屋があるS市に同じ職場のIさんが帰省していることを思い出した。早速電話で、代理人として陶硯を預かってきていただけないかと哀願した。快く承諾してくれたものの、Iさんにとっては、正月匆々誠に迷惑千万な話であったろうと羞じている。待望悲願の骨董となるともう駄目である。胸がときめき心が浮いてなにも手につかずなりふり構わぬ行動に出てしまう。このときばかりは自慢の堪え性がなくなってしまう。困ったものだ。

 私は、衰退の美、枯淡の境にあくがれて骨董の世界に足を踏み込んだのではなかろうかと自問するときがある。
 「その姿 いとど花王の 徳あれど やがて散りぬる 牡丹ぞあはれ」
 十数年前、今を盛りと咲く牡丹の花を見て、戯れに詠んだことを思い出した。

 萬暦赤絵は散りゆく牡丹のあでやかさに似ている。膨大な富を築き上げた世界各地のいにしへの王朝は、栄枯盛衰を繰り返しつつ、やがては滅びてしまう。

 純粋な理性だけで、世の中の根本的問題を解決しようとすれば、二律背反に陥る、とカントは指摘した。
 堅実で、清廉な治世の存続を望みつつも、国民自らが愚民と化して、ソドムとゴモラの都市のごとく、虚飾、退廃、投げやり、人間不信そして、転落への道を辿る。この二律背反は、時代を、王朝を問わず、史実として哀しい宿命を背負っている。

 滅びゆく「まほろば」の落とし子に、自らの境涯を写し、憐憫と測隠の情に駆られ、魅せられていく。そんなやきものが萬暦赤絵である。

 志賀直哉も梅原龍三郎もこの赤絵をこよなく愛した。志賀の萬暦は、自作の短編の中であまりにも高価すぎて、手が届かず、二度とも外国産の珍種の犬に化けてしまう。梅原の花瓶は、民芸運動の柳宗悦がその真贋を疑うが、薔薇の花とともに、油彩の代表作として遺っている。


a 萬暦赤絵 五彩瀧文長方合子


 翌日、Iさんが話題の陶硯を届けてくれた。一目してあやしいと思ったが、もし本物なら、みんなで長崎の高級料亭を梯子して回れるよ、と虚勢を張ったりしながら、新春らしい華やいだ会話が弾んだ。仕事始めの日であった。年末年始の九日間の休暇も手伝って、ひどく長い一日に感じられた。

 退庁の挨拶もそこそこに帰宅するとすぐに、図鑑や図録、数少ない手持ちの古伊万里の赤絵などを引っ張りだして、作られた國と時代の鑑定に取り掛かった。

 萬暦赤絵は、有田・伊万里を中心とした肥前赤絵の手本とされたために、古くから模倣作が多く、京都や加賀の九谷などで大正時代から昭和戦前に作られたと思われるものが数多く出回っている。古陶磁に明るくない人は、裏面に「大明萬暦年製」と年号銘が書いてあれば本物だと思い込んでしまう。これは、現代のやきものにも「大明成化年製」と入れてあるのと同じように、実際の製作年号ではなく「文様」と考えねばならない。

 鑑定の結果は、予想したとおり「贋物」であった。和製萬暦であった。それにしても、龍や鳳凰の稚拙な描き方といい、古色を帯びた色彩といいよく似せたものである。江戸時代後期作の風格は漂っていたのだが。ただ、色合いが微妙に違っていたし、龍の五爪と尻尾の描き方が決定的であった。

 かくして、今回の騒動も「まぼろし」に終わった。二日間の、甘美にして阿片のような萬暦の呪縛から開放されたのである。
 「富はむなしい」と理性では知りつつも、ついつい、いにしえの「ゆたかなる富」に魅せられてしまう、この自己矛盾に翻弄される私の胸の内が観えてくる。

 「やっぱい、美術館や博物館の外に、本物の萬暦のあるはずはなか。そろそろ骨董ば止めんば」照れかくしに言うと、かみさんは、どうだかという顔をして、モナリザのように笑った。

  (平成十年一月七日 萬暦赤絵のため迷惑をかけたI氏に捧ぐ) 



 
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