時事評論

自分で選択できない「死」

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 自分で選択できない「死」


 原井宏明(はらい・ひろあき)

医師。医療法人和楽会なごやメンタルクリニック院長。専門は心療内科、精神科。1984年岐阜大学医学部医学科卒業後、国立肥前療養所(現・肥前精神医療センター)、国立菊池病院勤務(現・国立病院機構菊池病院)などを経て2008年より現職。不安障害、アルコール依存症、パニック障害などの治療に携わる。著書に『「不安症」に気づいて治すノート』『図解やさしくわかる強迫性障害』など、訳書にアトゥール・ガワンデの『医師は最善を尽くしているか――医療現場の常識を変えた11のエピソード』『死すべき定め』がある


私の本業は精神科医です。尊厳死法制化については、賛成でも反対でもありません。しかし、以前、高齢者の認知症専門の病院に10年ほど勤務していたこと、また、昨年刊行された『死すべき定め』という、アメリカの終末期医療の現場を描いたノンフィクションの翻訳を手がけたことから、改めて「死」や「看取り」というものについて深く考える機会がありました。

『死すべき定め』の著者であるアトゥール・ガワンデは、事実と数字だけを示して「あなたはどうしたいですか?」と聞くだけの医師を“情報提供的な医師”と表現し、自身もそのような医師だったことを告白しています。こうした医師は日本でもいたって普通の存在です。

例えば、「まだ助かるかもしれない」という段階で患者に「最期はどのように過ごしたいか」などと医師が積極的に問いかけるケースはまれですよね。

自戒を込めて言うのですが、医師はえてして、技術を磨くことに注力しがちです。あらゆる技術を尽くして患者の命を救うことが医師の本務だと考え、一方で、患者の人生そのものにはなかなか向き合えない。私自身、認知症専門の病院でこれまで患者を看取る機会も多くありましたが、「彼らが人生をどう終えたいか」という問題に踏み込もうという発想がありませんでした。


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とくに今の日本では、「死」をネガティブなもの、タブーとして扱う空気が海外と比べても強い。また、戦後、「寿命は延びるものだ」というのが常識になった結果、患者自身も「死」になかなか向き合えなくなっている。

いわば、医療者、患者、その家族を含めて「死について考える」のを先延ばしにするような風潮が、「尊厳死」の問題をさらに解決しづらくしていると感じます。

終末期の治療には、新薬の使用も含めてたくさんの選択肢があります。どれが「最善の道」か、ということに客観的な正解はありません。だからこそ、まず患者自身の不安や望みを丁寧に「聞き出す」必要がある。それも、一度ではなく、何度でも。

ガワンデは、ダグラスという転移性卵巣がんを患った女性患者にとって「最善の治療」が何かを知るために、彼女にこう質問します。

もっとも恐ろしいこと、もっとも心配なことは何か? もっとも大事な目標は何か? どのような犠牲なら進んで差し出すのか、そしてどのようなものなら応じないか?
(アトゥール・ガワンデ『死すべき定め』)

女性は、痛みや吐き気、嘔吐からの解放を願っていること、また、家に戻れず、大切な人たちと一緒に過ごせなくなることを恐れていることなどを、ガワンデに伝えました。こんなふうに、医師が患者に「一歩踏み込んで問いかける」ことは、実は非常に重要なことじゃないでしょうか。

日本人の約8割は病院で亡くなっています。本当は、「家で看取る」という選択肢があってしかるべきなのに、現状はそうじゃない。

「延命治療」についても同じです。「延命治療」の継続や不開始について、そもそも「選択肢」を提示されていない。もっとも不幸なのは、延命治療を続けられてしまうことでも、延命治療を受けられないことでもなくて、いざというときに「最期をどう過ごすか」という重要な問題に関して「道を選べない」ことだと思うのです。

私はここ数年、定期的に診ている患者さん全員に「あなたは最期の時間をどう過ごしたいですか?」と気軽に聞くようになりました。

多くの国民が、かかりつけ医を持つ北欧などでは、医師が患者の「死」に対する考え方を普段から共有できているため、「延命治療」をめぐる問題は起きにくいとされています。

尊厳死問題の解決の糸口は、「あくまで命を延ばすことだけを考え、治療する医療者」「その治療を受け入れるだけの患者」といった立場を一歩踏み越えること――つまり、従来の医療者と患者の関係そのものを変えていく試みにこそ、あるのではないでしょうか。



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