雑学曼陀羅

サクセスストーリーシンドローム

 ←山野草 春蘭 →バカラ オパーリンクリスタル
a コスプレ かわいい1




 サクセスストーリー閉塞症候群


 この国のかたちは、これから先どのようになってゆくのだろう。

 もちろん、僕にはよくわからない。

 今どきの若者は、他愛なくときめき感動してゆく心模様が希薄になっていると同時に、それでも人は誰もがどこかしらでそうしたときめいてゆく体験をしているし、したいと願っている。こんな世の中だらこそ、より切実にしたいと願っているのかもしれない。

 ホリエモンのように「女なんか金次第でどうにでもなる」といっても、女が金のことしか考えていない生きものかといえば、そうともいえない。この世のどこかには、清い恋もあれば熱い恋もある。そういう恋がホリエモンのところにはない、というだけの話。いくら女が金で動く生きものだといっても、そういう女ですら、男の人間性やセックスアピールを見ている。いくら金を持っていても、女に逃げられる男は、世間にいくらでもいる。どんな関係の中にも「人情の機微」というのははたらいているし、それに気づくことができなければ男も女も魅力的ではない。

 人間なんだもの、人間としての魅力や男としての魅力は、どんな女が相手であろうと、そりゃあ見られていますよ。そしてどれほど金の利害関係だけでくっついた男女であろうと、その関係を他人に語るときには、相手の人間性やセックスアピールに惚れたという。そういう男女ほど、その殺伐とした関係を隠そうしてなおさら恋物語を語ろうとしたりする。

 世の中にはいろいろと複雑で深みのある恋もあるのだろうが、たとえ見知らぬものどうしでも他愛なく率直にときめき合っていける関係になれればという願望は、誰の中にもある。

 ほんとに魅力的な男や女は、他愛なく相手にときめかれるし、他愛なくときめいてゆける心の持ち主は魅力的だということもある。

 他愛なくときめいてゆくことのできる人間の方が人情の機微をよく知っている。そういう人は「反応」の豊かさでときめいているわけで、それに対して自分を売り込む「計画性=作為性」で友達や恋人をつくるのがいくら上手でそんなことばかりしていても、ときめき合うという関係が豊かになるわけではないし、いつまでたっても心の琴線に気付くことができる感受性は持てない。

 今どきの映画やテレビドラマや小説やマンガは、どんな内容で人々を感動させているのだろうか。

 もちろんひとくくりでいえるはずはないだろうが、生き延びる能力が向上する啓蒙的な話が受けるのは途上国の傾向で、そういう近代合理主義的競争が閉塞状況にある先進国では、そこから逸脱してゆくところに感動があったりする。

 たとえば少し前に「アメリ」というフランス映画が世界的に大ヒットしたが、それは生きるのが下手な若い娘の話だった。その下手なところをとてもおしゃれに味わい深く表現していた。それが主流ではないにせよ、そういう傾向の話づくりが先進国で増えてきており、もう、絵にかいたようなハリウッド的サクセスストーリーは、本家のハリウッドでも少なくなってきている。

 まあ人情の機微をさりげなくしみじみとこまやかに描くというのは、日本文化のお家芸かもしれない。そのかわり深い絶望や孤独や怒りやダイナミックな熱狂や享楽を描くことはうまくできない。つまり、そういう体験ができる「自我」の希薄な劣等いや列島民族だからだろうか。

 ともあれ先進国ではもう、サクセスストーリーに感動する時代は終わっているのかもしれない。近代的自我を整理し問い直す時代にさしかかっている。そういう意味でこの国の世界をリードする先進性というのもあって、その自我の薄さからくるコスプレ風の「かわいい」という他愛ないときめきが「ジャパンクール」と呼ばれたりしている。


a コスプレ かわいい


 現代社会の閉塞感、などという。その息苦しさはどこから来るのか。

 サクセスストーリーを夢見ることができないからだ、という意見もある。

 しかし、そんな夢を見てますます閉塞感から逃れられなくなったりもする。サクセスストーリーを夢見ること自体が閉塞感の原因になっている。一部の人はサクセスストーリーをつかむことができる。そういうチャンスが転がっていないわけではない。ただその成功は、誰もが、というわけにはいかない。

 サクセスストーリーにもいろいろあって、一獲千金のことだけではない。女を磨いて金を持っている男をつかまえ専業主婦の座におさまることもひとつのサクセスストーリーに違いない。おいしいものを食うということだけでもそれはそれで成功の夢がかなう体験になる。上手に生きてゆくことはひとつのサクセストーリーで、人それぞれの甲羅に合わせてサクセスストーリーを夢見ている時代だともいえる。


s-00 a a bp 自己顕示欲は人間喜劇


 自分を見せびらかしたがるのも、サクセスストーリーを夢見ている証拠だ。そうやってちやほやされることができたのなら、大成功です。

 自我の肥大化の時代、自我を満足させることがサクセスストーリーになる。そしてその自我を満足させようとする欲望がかなえられなくて嵌め殺しの閉塞感に陥る。

 肥大化した自我を持て余して、閉塞感に陥る。そういう意味で、今こそサクセスストーリー全盛の時代だともいえる。自意識過剰の人間がまだまだたくさんいる。

 経済優先の時代から人間中心の時代へ……などといっても、その「人間中心」という自意識によって閉塞感に陥っている。人間など滅びてしまってもかまない。みんな、必ず死ぬ。最果タヒの「死んでしまう系のボクラ」だ。生き延びるために何をなすべきか、という問題など存在しない。その生き延びようとする欲望によって閉塞感に陥っている。

 子供がお母さんに駄々をこねるように、社会が悪い、といってもせんないことだ。社会からはぐれてしまえば、いいも悪いもない。社会に踊らされて社会に執着しているから、社会が悪い、と叫びだす。今や上手に生きて自我の欲望を満たすというサクセスストーリーが全盛の時代であると同時に、反省の段階にさしかかってもいる。

 だから、生きることが下手な女の子の話が人々を感動させる。その生きられないという不器用で無力な生き方にこそ人間性の自然があり、その無能性から生まれてくる「もう死んでもいい」という無意識のパトスやタナトスを共有してゆくところに人と人の関係の自然がある。




スポンサーサイト



もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png 
もくじ  3kaku_s_L.png 愛娘 Erika
もくじ  3kaku_s_L.png やきもの
もくじ  3kaku_s_L.png 余白の人生
もくじ  3kaku_s_L.png 忘れえぬ光景
もくじ  3kaku_s_L.png 文学・芸術
もくじ  3kaku_s_L.png 雑学曼陀羅
もくじ  3kaku_s_L.png 時事評論
もくじ  3kaku_s_L.png 教育評論
もくじ  3kaku_s_L.png 書画・骨董

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【山野草 春蘭】へ
  • 【バカラ オパーリンクリスタル 】へ