文学・芸術

「かけかえ」 の世紀

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 安易な「かけかえ」の世紀



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 20170326 我がかけかえの追憶



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「かけがえのない生命」という表現がある。

ニンゲンの記憶は、本当に掛け替えができないもの、なのだろうか。
心理学的に、病理学的に証明しようとすれば、それは不可能なことで否である。

思い込み、願望、妄想によって記憶はいとも簡単に塗り替え、架け替えることができるからだ。

誕生から、嵌りこんだままのラチェット人生、そこから抜け出す努力をしてないだけのことだ。

記憶に、見落としがあるかぎり、正確で誤りのない完璧な記憶はだれにも存在しない。

政治家や犯罪者は、よく「記憶にございません」と証言する。

べつに嘘をついているわけではない。

フロイト流に言えば、自分に不利で不快な記憶は無意識に抹殺しようとする。

だれもが、眼に入る肉眼の写像を正確に説明できる能力は無いのだ。

ニンゲンだけが、言葉と記憶という知能をもった優秀な生物、というのも噓になる。


zc カラー 花


この地上の生物・植物の全てに知能があり、戦略があることはすでに証明済みだ。

ニンゲンに通じない、異国の言語が存在し、やがて氷河期が襲来して人類が滅亡した時に、クマムシやゴキブリが証明してくれるだろう。

ニンゲンが造り出したAI :人工知能でさえ、すでに人間の知能を超えているではないか。

独り歩きを始めるはじめるAIも当然掛け替えのあやまちを犯すだろう。

真善美、正反合が顕かにわかっていても、意図的に邪悪な架け替え作業を実行する。

生物学的見地に立てば、罠や捕獲・捕食をしなければ、生物・植物は生存できない。


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浮気や一時のアヤマチで出来た子どもを邪悪な子として、その存在を否定したり、邪魔者扱いの法律をねつ造するのは、ニンゲン界だけの現象で、お笑いにもならない愚行だ。

人間以外の生物界、それに近い原始的部族の方が自然の摂理に適っている。

この見地に立てば、文明、先端技術などというものは、自然への冒涜であり、老化衰退期に観られる邪悪な架け替え現象である。

ニンゲンだけを特別扱いして優秀と見なす様な「人間性:humanity」は、嘘と欺瞞と虚飾に満ち溢れた「架け替え現象」に過ぎないのである。


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この意味では、「かけがえのない生命」というアフォリズムも妖しいものである。

だいたい、ボタンの掛け替え、架け替え、に発祥する表現方法も瀟洒ではあるが大袈裟である。

家族には当てはまるが、「地球より重たい命」に似ている。

「かけかえ」は、物理的に、いつでも、どこでも、たやすくできる。

言葉もニンゲンも架け替えられ、いつも歪曲される運命にある。




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