忘れえぬ光景

幻の琉球南蛮徳利

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 幻の琉球南蛮徳利



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 20170328 結婚45周年記念日 


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現代では、極希少品で、制作時代の南蛮徳利「鬼の腕」は本場沖縄でも入手できないそうだ(沖縄公設市場古美術店社長・翁長氏)。


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特に、緋色が発色した「鬼の腕」が極上品で高価である。

これまで、茶花・山野草一輪がよく映るので、後世の模作品は何本か手に入れたが、やっと幻の緋色の「鬼の腕」が舞い込んだ。大振りも珍品である。

口が欠けていて完品ではないが、高さ31.5㎝のド迫力に圧倒される。


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クロカミミツバツツジ(新芽が萌黄色で美しく、水揚げの良い「鬼の腕」でピンクのかわいい花を咲かせてくれる)と早咲きの桜を設えてみた。


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花台の敷板は、焼き締め陶とコラボする古い伝馬船の「船虫板」がよく映える。


  


琉球 喜名 焼しめ徳利


鬼の腕

沖縄でウニヌーティー(鬼の腕)といわれている。

琉球は、1609年に薩摩藩により占領された。薩摩藩の支配下にあった時に、反乱を起こさぬように武器となる刀を所持する事を禁じられていた。

武器を持てなくなった琉球の人びとが慣れ親しんでいる泡盛の徳利を、 いざとなった時は底を割って武器として使ったと言われ、 その割れ口が「鬼の腕」に、鬼の腕の太さに似ているところからそう呼ばれている。また、海上輸送の折に海賊に襲われたとき、こん棒や投げつける武器としても使われていた。


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泡盛焼酎を入れる器だけでなく、武器としての用途もあり、きんきんに焼き締めて硬く、分厚くてずっしりと重い。

江戸時代に、琉球が薩摩藩から独立して、江戸に参勤交代するようになって、道中の街道や宿場で泡盛を入れた酒瓶(鬼の腕)を宣伝したのが、茶人の眼にとまって、姿形のよい花入れとして重宝するようになった。
当時は、鎖国時代で、外国(南蛮)との貿易は、長崎の出島以外は御法度であった。外国製品はたいへんな貴重品であり、異国南蛮のやきものに対するエキゾチックなあこがれも強かったことであろう。


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わたしは、細長く品よく伸びた背の高い(八等身美人)フォルムが好きである。
当時の六古窯備前など、日本のやきしめ陶にはまず観られない。
鬼の腕は、茶花一輪、枝もの、投げ入れが品よく収まり、花もちも最高である。

沖縄出張・旅行の折りはかならず「鬼の腕」を見学に、博物館、古美術骨董店を巡った。


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鬼の腕 琉球古窯荒焼徳利

 
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