時事評論

東芝はなぜ潰れないの?

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「戦艦武蔵」




 大企業や東芝はなぜ潰れないの?



 【特集】どうなる東芝 過去最悪1兆100億円の赤字に


 東芝が、銀行に対して1兆円を超える資金が新たに必要になると説明した文書を入手。経営破綻した米国の原発子会社の処理などで7400億円の資金が必要になるということで、3000億円の余裕をみて、計1兆400億円の融資が「必要不可欠」だと説明。

 文書には英語で「極秘」と書かれてあり、「事業継続のため承諾をお願いします」と融資への協力を求めている。

 主要取引銀行は支援の表明をしているが、地方銀行の中には慎重な意見もあり、東芝は今月14日までの回答を求めている。


 東芝はなぜ潰れないの?


米原子力子会社ウエスチングハウス(WH)を仲介したのが、経産省でWHはアメリカの原子力産業でも、技術はある。
東芝の半導体技術も日本としては守りたい。
日米の思惑もあり、ソフトランディングで中国などに買われない様にしてるんでしょ!

政治家が東芝株を手放すまでの間は潰れません。
潰れそうな時にコネと実績で延命出来るから大企業と言うんだ。

一つは、それまで持っていた資産を売却しているから。
家電部門や医療部門などをよその会社に売却し、売却したお金を利益にしています。

もう一つは、銀行が融資を続けているから。銀行としても、東芝が潰れると、貸していたお金が返ってこなくなるので、既に発生した損失には目をつむって、なんとか事業を継続させる必要があります。

幸い、東芝は高い技術とブランド力を持っていたために、巨額の損失が明らかになった後も、資金調達を続けることができました。

ただ、それも限度があります。

現在、最大の稼ぎ頭であるメモリー事業の売却方法について検討が行われています。
仮に良い条件で売れたとしても、残った事業で経営が安定するかも不透明です。

当然、倒産ということも可能性としては排除できません。 

 ◇ ◇ ◇


 時代を読めない日本人の負の遺伝子

 悲惨な歴史は、いつも繰り返される。




 時代遅れの大艦巨砲主義


1944年にフィリピンのレイテ沖海戦で沈没した大和型戦艦の「戦艦武蔵」が2015年3月3日に発見された。
戦艦武蔵を発見したのはマイクロソフト共同創設者であるポール・アレン氏。彼は膨大な資産を使って今までも宇宙人探しやSF博物館建設などをしている。


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 戦艦武蔵

大和型戦艦の2番艦として三菱重工業長崎造船所にて1938年建造開始、1940年進水、1942年竣工。
太平洋戦争中盤に完成。優勢期は後方で温存され続け、戦局悪化後はマリアナ沖海戦、第三次渾作戦などに参加するも、その攻撃力を発揮する機会には恵まれなかった。

1944年10月、レイテ沖海戦に出撃のおり、米軍機から集中攻撃を受け艦隊から落伍、その後も波状攻撃を受け続け、魚雷20~33本被雷、爆弾17~44発命中、至近弾20発以上(諸説あり)という、軍艦として空前絶後の損害を受けて戦没した。だが、その被害を受けても尚9時間もの間沈まずに海上にあったことは驚愕に値する。

沈没間際の酸鼻を極める艦上の有様は、当時水兵として実際に武蔵に乗り組んでいた渡辺清の著作『戦艦武蔵のさいご』で克明に描かれ、戦後生まれの世代にも知られている。

大和の影に隠れがちな武蔵であるが、実は建造段階で副砲防御が強化され、溶接の品質も向上したために実質的な防御力は大和を凌駕していた。そのため日本最強の戦艦は武蔵であり、大和ではなかった。
実際に開戦時の連合艦隊参謀長であった宇垣纏は武蔵が沈んだ後、自身の戦時記録に大和の悲劇的運命を予見するかのような記述を残している。

1942年武蔵は第二次大戦中に極秘裏に建造。
外部に対しては、さまざまな方法で「武蔵」を隠す手段がとられた。
船台の周囲には漁具(魚網等)に使う棕櫚(しゅろ)を用いた、すだれ状の目隠しが全面に張り巡らされた。
全国から膨大な量の棕櫚を極秘に買い占めたために市場での著しい欠乏と価格の高騰を招き、漁業業者が抗議。

厳重な機密保持の中、作業に当たった人々は、超人的な努力で事に当たり、見事に成し遂げた。
造船所を見渡す高台にあったグラバー邸宅や香港上海銀行長崎支店を三菱重工業が買い取った事例も吉村昭『戦艦武蔵』および牧野茂・古賀繁一監修『戦艦武蔵建造記録』(アテネ書房)に詳しく書かれている。

進水式も誰にも見られないよう、船体が外部に露見してしまうため、当日(1940年(昭和15年)11月1日)を「防空演習」として付近住民の外出を禁じ、付近一帯に憲兵・警察署員ら600名、佐世保鎮守府海兵団隊員1200名などを配置した。

皮肉な事情で、航空機主兵時代を押し開いたのが日本海軍。
それまで「航空機は戦艦を撃沈できない」というのが世界の常識だった。
それを覆したのが日本海軍の真珠湾作戦。
旗艦空母赤城などの空母群から飛び立った航空機部隊は真珠湾の戦艦5隻を撃沈、3隻を撃破。
この戦果を見たアメリカ軍は航空機の時代が到来したことにいち早く気付き、建造中、計画中の戦艦をすべて空母に変更した。

ところが日本軍はそれができず、大和のあとも莫大な費用をかけて巨大戦艦の建造を続ける。
大和型2番艦の武蔵がそれである。
戦艦大和は当時の日本の科学技術の粋を集めて建造された。
全長263㍍、排水量7万2809㌧の巨大艦体に、46㌢3連装砲3基9門を搭載。世界最強の戦艦。これとまったく同じ263m仕様が戦艦武蔵である。

大和武蔵が竣工したころ、すでに大艦巨砲主義の時代が終わってて、当時のグローバルスタンダードは航空機主兵の時代に変貌していた。
日本軍がやっと戦艦建造を空母に変更したのは大和型3番艦の信濃(1944年竣工)のときであった。時すでに遅し。現代も時代のパラダイムについて行けない哀しい日本人の習性である。


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大和の総工費は当時の金額で1億1759万円。現在の価値で約2600億円に相当する。
この巨大公共事業は計画段階から激しい反対を受けたが、それを押し切って建造計画を進めた現実は、まさに現代の公共事業と同じ精神構造であろう。

小回りのきく駆逐艦・軽巡洋艦と異なり、巨大戦艦の方向転換は難しい。 一度決めた計画を中止できず、巨大な粗大ゴミのようなハードウェアや道路を造る日本の行政。現代の政治家も官僚も大和・武蔵の失敗から何も学べていないようだ。嗚呼・・ヤンヌルカナ。



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