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古代ローマングラス

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zzz ローマングラス 銀化




 古代ローマングラス



zzz ローマングラス 銀化 w208g h16-9.5cm 玉虫色の輝き 500000~



 銀化ローマングラス


zzz ローマングラス 銀化a


 ローマ帝国時代(紀元前27年~紀元後395年)、ローマ帝国領内で作られたガラスをローマングラスといいます。


zzz ローマングラス 銀化d


 ローマ期は、ガラス生産の一大革命期でした。

 それまでは、小型の不透明なガラス器(コアガラス)が極少量作られ、宝として珍重されていましたが、紀元前1世紀中頃に、シリア地方で「吹きガラス」の技法が発明されたことにより、ガラス器の大量生産が可能となりました。

薄く、透明で、実用的な大型の容器を大量に作ることが可能となったのです。


zzz 銀化ガラス アゼルバイジャン博物館 サーサーン朝時代


 こうして作られたガラス製品は、広大なローマ帝国の流通網を通って内外に送り出されてゆきました。
そして、ガラス器の生産にと同時に、モザイク技法などを駆使したガラスビーズの生産も活発に行われるようになります。


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 ローマ帝国の繁栄とともに、たいへんな隆盛を誇ったガラス産業は、その後ローマ帝国の分裂・滅亡にしたがって急速に衰退しゆきます。ローマングラスは、ローマ帝国と運命をともにしたのです。ガラスの煌めきは、ローマ帝国そのものだったといえるのかもしれません。


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 銀化とは


 銀化とはガラスが何百年もの間、土中に埋まっていることにより起きる一種の風化現象をいいます。


zzz 銀化ガラスg 自然界の風化現象によってできた海辺の銀化ガラス


 ガラスのアルカリ成分が土中に溶け出すことによってガラスの表面に無数の微小なクレーター状の穴ができ、その穴に光が乱反射することによって虹色の輝きを帯びるのです。


zzz 銀化ガラスa アゼルバイジャン博物館 サーサーン朝時代


 この銀化という現象は人工的に作り出すことはできません。

ガラスの成分や環境、時間など様々な要素が偶然にうまく整わない限り、起こりえない奇跡といえるでしょう。長い長い時の作り出した美がここにあります。


zzz 銀化ガラスf アゼルバイジャン博物館 サーサーン朝時代


当てる光の種類(太陽光・蛍光灯・白熱灯)によって、色は違って見えますし、見る角度を変えますと様々な色を発見することができます。

真性の銀化現象の見分け方として、ガラスの表面に水をつけて確かめる方法があります。


zzz ローマングラス 銀化e


銀化はガラスの表面の着色・変色現象ではなく、 その表面の微小なクレーター状に光が乱反射して、色が変わって見えているだけですので、表面に水をつけてやると光の乱反射が押さえられ ガラス本来の地肌の色が現れてきます。

その際、強い土臭がするのも特徴です。そして表面の水気がなくなるのと平行して、消えていた銀化の輝きが 再度じわっと現れてきます。

それが通常の銀化現象の確認の方法です。


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 ガラスの発祥


 ガラスは装飾品にしても器にしても非常に色がいい。


zzz 銀化したローマンガラスのようなベースに柔らかいグリーンに金彩


 最初メソポタミアで発祥して、材料を得ることも作ることも非常に難しいものであったから、王侯・貴族階級だけが持つことのできる貴重なものであった。

 そして、かなり青の色のものが多く、それは古代からアフガニスタンのあたりでしか取れずに装飾品や絵や工芸に必需品であったラピスラズリに変わるものとしてつくられていったものと思われる。


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 だから、ラピスラズリよりはずっと安価で手に入れやすいが、庶民が手を出せるようなものでもない。
 そういったものだったと考えられる。

 だが、天然もののラピスラズリは買うしかないのに比べ、ガラスは次第に技術の向上とともにより良いものが安価にできるようになり、また新しい技法により美しく透明になっていったのだ。

 その例としてイランのアーブギーネ博物館のガラスを見てみよう。


zzz 銀化ガラス イランのアーブギーネ博物館 サーサーン朝時代


緑系・赤系・青系とあるが形も色もさまざまに発達していったことがわかる。(銀色は長年、地中などで化学変化したことによる銀化であり、もともとの色ではない。ただし、人には作れず、年月だけがつくる銀化そのものをこうして楽しむこともできる)


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 こうした、ガラス器はメソポタミアから大シリア地域、フェニキアの職人集団、更にローマ帝国、ササン朝ペルシア(AD226年 - 651年)へとつながり、そこからはシルクロードを通って様々な国にわたっていった。



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