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女性恐怖と快楽敵視(3)

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20111002220956d33馬の呪文メルゼブルクの呪文のなかにある馬の呪文



 女性恐怖と快楽敵視 ―資本主義(略奪と搾取)の発生源―


本題に入る前に、言語の生存性(持続性)に触れておく。

ゲルマン民族には、物語を文字として書き記す習慣がなく、すべての伝承は口から口へ伝えていったものなので、書き記される以前の原型は失われてしまい、推測することは困難である。伝わっていく過程で新たなエピソードが加えられたり、既存のストーリーが変更されたりしても、どの段階でそれが行われたのかは分からないのである。もちろん、最初に伝説を語り始めたのが誰だったのか、最初の段階ではどのような物語だったのか、といったことも、謎のままである。

国家や少数民族が、歴史上滅亡した大きな要因の鍵をそこの母国語が握っているのは事実である。
国が滅びたから言語も滅びたのではない。歴史的要因は、いつも外圧的要因よりも、内なるものの崩壊にあ起因する。

語り部だけの伝承言語=話し言葉しかなかったゲルマン民族は、世界史的に見て、ほとんどが言語絶滅している。歴史に興亡した無数の小民族は当然のことながら、ネアンデルタール人(クロマニヨン人ほど、遠隔地との交易・交流能力がなかった)、ゲルマン人は記録する文字を持たなかったために言語文化は栄えなかった。

ゲルマン人は、5C~7Cの200年間栄えただけで、その後は現在の英仏独伊蘭などの小国に分割されて、民族混淆の遺伝子こそ残ったものの言語絶滅の好例である。

さて本論に戻る。


 女性恐怖と快楽敵視が誕生するメカニズム


ローマ帝国崩壊後、全ヨーロッパがゲルマン部族の支配下におかれたのに、その後どうしてすべて「ドイツ」とならなかったのか。その答は、きわめて単純明快なのだが、その点にいたる前に、いまいちどヨーロッパが、二つのまったく異質な文化圏の衝突から成り立っており、その関係はおそらく今日にいたるまで基本的には変わっていない事実を確認しておく必要があるだろう。

二つの文化圏とは、言うまでもなく古代ギリシア・ローマに代表される古くから地中海沿岸地域を中心に暮らしてきた人びとと、紀元前にインド北西部からヨーロッパ東北部への移住を果たしたものの、ローマ帝国全盛期には主にバルト海沿岸から現スウェーデン周辺の厳寒の地に追いやられてきたゲルマン系部族のそれのことである。

もちろん二つの文化圏のあいだには、現フランス地域でガリア人と呼ばれていたケルト系の民族をはじめ、さまざまな少数民族もまた存在していた。しかし、大きくみれば、古代後期から中世への過渡期に、ヨーロッパの支配権が地中海文化圏から北方ゲルマン民族へと大きくシフトしたことが、その後の歴史を現代に至るまで基調づけたと言わざるをえない。

では、地中海文明とゲルマン部族の文化とでは、なにがもっとも異なっていたのか。その答を見いだすことが、そのままヨーロッパ全土を支配していたはずのゲルマン支配が、ヨーロッパのドイツ化につながらなかった答を提供することになる。

以上にみたように、たしかにヨーロッパ全土の支配権が、五世紀以降ローマからドイツ人の祖先に当たるゲルマン民族の手に渡ったことは紛れもない事実である。しかしこの支配権の移行は、ほぼ軍事的政治的な領域に限られたかたちで進行した。

いや、それどころかローマ帝国の国境線を先陣を切って突破し、イタリア半島になだれ込んできたヴァンダル族やゴート族にとっての唯一の関心事は、殺戮と略奪であり新たな国を制定し治める意図など微塵たりともなかったのである。

その後イタリアにロンバルディア王国を築くランゴバルド族にしても、フランス全土を支配するフランク族にしても、文化や宗教の面にはきわめて疎く、政治支配にとって有効だという打算が働いて初めて宗教に関心を抱く有様だった。

ガリア人をほぼ皆殺しにしたうえで、現在のフランス全土を支配下に治めたフランク族を率いる王クロートヴィヒは、初めてパリに首都を制定したのち、支配を確実なものにするためにはローマの知的遺産と教会の後ろ盾を不可欠とみなした。四九七年のクリスマスの日に、自らゲルマン信仰を捨て、キリスト教の洗礼を受けたのである。同時に三千からなるフランク族の戦士が一気にそれにならったとされる。

これが今日的な意味でヨーロッパがキリスト教化した決定的な瞬間である。以降ヨーロッパ全土を支配するゲルマン人は、ゲルマン神話の最高神ヴォータンや北欧神話のオーディンを信仰する自らの宗教を捨て去り、自分たちとは縁もゆかりもないローマ教会を自分たちの宗教として宣言するのである。

言語に関しても、自らの手で破壊し尽くした敵国ローマの言語であるラテン語を唯一の公用語として取り込み、その使用を帝国全土に強要する。ゲルマン人が、ヨーロッパの支配と引き替えに独自の宗教と言語を放棄したことの意味は、後に考えることとし、ここでは、言語の放棄が女性恐怖を生む要因としても働いた可能性について触れておきたい。

言語に関しゲルマン人はルーン文字をもっていたというものの、それは呪いや祭りで用いるだけで、自分たちが古代高地(以下古高)ドイツ語という言語を使用している自覚さえまったくといっていいほど欠いていた。

たしかにこの時代までに言語を重要視していたのはローマ人だけであるから、ゲルマン人だけをあげつらうわけにはいくまいが、それにしてもローマに代わって支配権を握ったゲルマン人が、領土内に自分たちの言語を浸透させる努力をまったく払わなかった事実は、その後のヨーロッパ形成に大きく影響する。

軍事的支配はヨーロッパ規模で成し遂げておきながら、言語を浸透させ独自の宗教や文化を育む努力を完全に怠ったゲルマン人には、女性的な力によってすぐさま手痛いしっぺ返しがおとずれる。

そしてそれは、子育てと日常言語の担い手である女たちへの恐怖や憎悪、そして深い不信感を生むことになった可能性が高い。ヨーロッパの新たな支配者であるゲルマン人は、それがイタリア全土を支配下に治めたランゴバルド族であれ、スペイン地域を支配した西ゴート族やスエーベ族であれ、フランスを築いたフランク族であれ、制圧した地域に自分たちの言語と宗教を浸透させることにはまったく関心を払わなかった。

それは結果として、いくら当初の権力者がゲルマン人であれ、それらの男たちと交わった今日のイタリア、フランス、スペイン地域の女たちから生まれた子は、ことごとく母親が話す地中海文化の民衆言語、すなわち今日のイタリア語、フランス語、スペイン語に通じる言語で育つことになったはずである。

そうなると、父親が話していた古高ドイツ語に属する言語は、もともとゲルマン人の暮らす今日のドイツ語圏やオランダやイギリス、そしてスカンジナビア地域を除けば、たとえいかに今日あるヨーロッパ人の大半がゲルマン人との混血となったにせよ、次世代にはすでに地中海言語をを話すものたちによって占められるようになっていたであろう。

破壊と略奪しか眼中になかったゲルマン人自らが招いた宿命だとはいえ、制圧下にある地域で生まれた自分の子どもが、すぐさま母親の操る地中海言語を話し、もはや自分の文化や宗教を理解しない様を目の当たりにしたときの驚愕が、女性への深い戦慄へと発展したとしてもおかしくない。

今日数少ない古高ドイツ語による文学作品として残る叙事詩『ヒルデブラントの歌』には、家族を残して長いあいだ戦いに出たゲルマン戦士が、故郷に帰還したとたん自分の子から血縁関係を拒絶される様子が描かれている。

「年を経て経験豊かな我が身内の者はこう語ってくれた。我が父の名はヒルデブラントなりき。我が名はハドゥブラントなりき。はるか昔に東方へ遠征し[中略]自らの領土を貧しいまま見捨て、若き妻と未熟な息子を家に残したまま、あとを継ごうともせず・・・」

ランゴバルド族の老戦士ヒルデブラントが、三十年にもわたる遠征の末、北イタリアに帰還し、自分を父と認めない一人息子と決闘せざるをえない状況に陥るのがこの作品の内容だが、これはこの時代のゲルマン人の男たちの多くが抱いた人生へのむなしさを表現したものだと読み取れるし、またそれは同時に、言語を蔑ろにしたドイツ人がその後一貫してたどる女性恐怖の運命をも暗示している。

こうした民族大移動期にゲルマン人の男たちが体験した戦慄に加え、そもそもゲルマン人のなかで女たちが果たしていた役割が、独特な原初的神秘性を帯びたものであったことも、その後のゲルマン的世界を特徴づける女性恐怖の源泉であるように思える。

ゲルマン人の生活を全般にわたって詳しく記したローマの歴史家タキトゥスの『ゲルマニア』には、戦いの際に森の中から甲高い叫声を上げて男たちを駆り立てたり、怖じ気づいて退却しそうになった戦士には裸の胸を見せつけ、戦意を鼓舞するゲルマン女性の様子が記されている。

こうした気性の激しい女たちにゲルマン人の男たちは、崇拝の念は抱きながらも、女神をつくる意図はなかったと語られることから察せられるように、女性が、神秘的な畏敬の対象であったことがうかがわれる。

同様な女性恐怖への萌芽ともみられる記述は、『ヒルデブラントの歌』と並ぶ古高ドイツ語による作品例として名高い『メルセブルクの呪文』からも読み取れる。

傷を癒すため女たちが入れ替わり立ち替わり呪文を唱えたり、敵の捕虜になったものを魔術で解放するため生け贄を捧げたりする内容のこの作品からは、ゲルマン人の女たちが尊敬の対象ではないながら、男にはない力をもつ魔女的な存在として認識されていたことがうかがえる。


250メルゼブルクの呪文とは古高ドイツ語で書かれた2編から成る中世の魔法、呪文、まじないである。
メルゼブルクの呪文とは古代高地ドイツ語で書かれた2編から成る中世の魔法、呪文、まじないである。


七世紀以降のヨーロッパにもういちど目を戻してみよう。ゲルマン民族が支配する新秩序は、大浴場にもスペクタクルにも見向きもしない。ドイツの哲学者が語る精神が、快楽、それもとりわけ性的快楽を敵視せざるをえない環境のもとで生まれた〈ゲルマン的〉精神である可能性を、テュルケのことばは示している。

「性生活が制限され、抑制され、自然のままでの状態ではありえないときにこそ、人間の生活に変化をもたらす精神が機能しはじめるのだ。」

テュルケによれば、精神とは、けっして「過剰や食傷的倦怠」という人間の満ち足りた状態のなかからは生まれえず、「恐怖と困窮」のなかからこそ生まれうるものだとされる。

しかし、禁欲が精神を生む条件には厳しい環境が不可欠だとするこのことばは、ローマが繁栄の極みに達していた時期に厳寒の北方の地に押しやられ、自然の猛威に恐れおののきながらかろうじて原始的共同体を維持していたゲルマン諸民族こそ当てはまれ、古代ローマ文明からすれば、まるで見当違いな考え方ではないか。

しかし、北方の厳寒の地で暮らすゲルマン人が生き残るためには、他部族との戦いに勝って食料と女と財産を奪う卓越した〈戦闘性〉と、それをつねに維持するための〈快楽の断念〉が絶対的に欠かせない要素であった。

ゲルマン信仰においては、ゲルマン人は戦いで勇敢に死ぬことこそが天国ヴァルハラーに召し上げられる唯一の道だとされ、床で平穏な死を迎えることほど屈辱的な死に方はないと考えられてきた。この激しいまでの死への崇拝Totenkultこそが、ローマ軍を戦慄させた真の原因であった。

日本においては、明治以降に大戦が繰り返されるたびに、「軍人勅諭」、「玉砕」が鼓舞されたが、時々の敵を震撼させたことは、奇妙にも酷似している。先の大戦で、日本がドイツと同盟を結び、ファシズムを強化して、やがて完膚無きまでの敗戦を喫する姿までもである。

ゲルマン的世界においては、「経済的な欠乏の時期に部族間の戦闘が激しくなり、それが軍事的業績をあげた男たちに権力を握らせることになった」というゲルダ・ラーナーのことばにもあるように、男性の地位を高め父権制をこのうえなく強化する条件がそろっていたであろうし、そうした厳しい環境にあっては、女たちもまた自分たちなりのやり方で男の勝利に貢献せざるをえなかったであろう。


ゲルマン人の支配体制が確立して以降、ゲルマン勢力がその地域から撤退したり、反乱によって打ち負かされた事実が、すでにみたように現スペイン地域を除けばない以上、言いにくいことかもしれないが、今日のヨーロッパ人は多かれ少なかれ、ゲルマン人あるいはその混血だとみなさざるをえない。

しかしすでに論じたように、彼らは支配者となったものの、その引き替えに言語と宗教を放棄するという前代未聞な行動にでた。支配権をローマからアルプスの北方に移しながらも、文化を培うためにとりわけ重要な言語を浸透させることには、まったくといっていいほど関心を払わなかったのである。

ヨーロッパ全土の支配体制を確立するために、ゲルマン信仰とは無縁なキリスト教を奉り、帝国の公用言語を地中海文明に根ざすラテン語と定めことにより、やがて神聖ローマなどという大それた看板を掲げた帝国が骨抜きにされる宿命を自らの手で招いたことは否めない。

イタリアに残した息子に拒絶されるゲルマン戦士ヒルデブラントが覚えた驚きと戦慄、そして諦めに近い嘆きは、そのまま現代に至るまでドイツ的精神を苛むイロニーの核心を突いているとはいえないだろうか。

(完)

(参考)

『ヒルデブラントの歌』 現代語訳と解説はここで数ページある

『メルゼブルクの呪文』 Wikipedia
 
『メルゼブルクの呪文』を検索したら下記の論文が詳しい
  ousar.lib.okayama-u.ac.jp/file/8953/2_0089_0102.pdf


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