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今日しかない!

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  Seize the Day while alive.

 今日しかない!



  20170512 around


 むかし綴ったエッセーである。壽命のことではない。




  わからないことの価値

            
 人間は分からないからおもしろい。わかってしまえばそれで終わりでつまらない。
 分からないから人間的でもある。

 人間の心の中には、いつも相矛盾する二つの欲求がある。私が書きたいものは、分かりやすいといわれるものと、分かりにくいといわれるものと。ドラマとドラマチックなものと。よくドラマはあるけどチックがないといわれる。ドラマは、あくまでもフィクションであるが、ドラマチックとなるとリアリティ(現実味)を帯びてくる。

 「分からないことが人間的である。」ということが分かることで安心できるものがある。

 たとえば、日常会話の中で、大事なことを見落として個々人の中で誤解をして行き違いが生じていく。会話が終了していても、人間の心の葛藤状態は終了してはいない。心中納得できないものがあろう。その終わっていない、分かっていない心理描写がおもしろいのである。終わってしまえば、楽しみはなくなる。

 すべてがわかって、終了した身体になっていくのは実に味気ない。人との出逢いをはじめとして、演劇でも、推理小説でも、未知との遭遇、謎解きのプロセスを楽しむことに醍醐味がある。人間の存在そのものが、中途半端で、不完全であるところに喜劇性がある。

 人の一生も同じようなものだ。

  どんなに仲睦まじい恋人同士の間柄でも、分からない部分があるからこそ、退屈したり、飽きがきたりしても長続きがするのである。人間の関係は、井伏鱒二の「山椒魚」の中の小エビと山椒魚の関係に似ていると思うことがよくある。両者のやりとりには、人間の徳義を超越した、抗いがたいレジグナシオン(諦観)の世界が見え隠れする。

 あるとき、見えなかったものが見えてくることもある。だが、その瞬間(とき)は、だれにもわからない。人間は、過ぎゆく刹那(トキ)のマラソンびとである、と思う。

 そもそも人類がこの世に誕生したときから、人間とはわからない存在である。相手の心の内が見透かせない限り、わかるはずがないのだから、「分からないことの価値」というものは偉大である。わかってしまった瞬間に、すべてが興ざめしてしまうことだってある。
 
 ゴーギャンの、「人間は、どこから来て、どこに去っていくのか」この問いに答えることができる人はだれもいない。はっきりしていることは、「形あるものは必ず滅びる」ということだけである。

  世の中に 確かなものは なにもない あるのは刹那 生きよこの今   柳條子

  There is nothing reliable in this world, so Seize the Day while alive.



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