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殉教者: 異端者と迫害者

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zz m異端者と迫害者 使徒時代の最初の殉教者 ステパノ




  殉教者 異端者と迫害者



歴史上、いつの時代も、どこの國でも、どんな宗教でも、異端者は迫害された。


「宗教はアヘンなり」 いのちあってこそ、死んで花実が咲くものか 

宗教のみならず、ニンゲンは、洗脳されたら麻薬中毒患者のように精神も肉体も骨抜きになり、あやつり人形のごとく驚くべき力を発揮する。

支配者、権力者が一番怖れたり、醜い権力争いに利用する。

どんな手段を用いても、異端者を抹殺し、熱狂的な殉教者をあやつり、支配する者が勝利者である。

歴史とは、未来永劫、この繰り返し:Endless Repeat に過ぎない。




zz m異端者と迫害者 「異端審問」



 教会は最大の犯罪組織 -歴史的概観ー


キリスト教教会が史上最大の犯罪組織となり、何千万人もの人々を拷問したり殺したりしたのは不思議ではありません。キリスト教の源であり、今もなお、絶対的真実として信者に信じられている聖書には、こうした行為は神のみ心にかなったものと書いてあります。聖戦、十字軍遠征、異教徒の大虐殺、魔女の焼き殺し、拷問、他の民族の奴隷化や絶滅等はすべて、そもそも聖書に起源をもつものでした。(参照 http://www.hpo.net/users/hhhptdai/kami.htm)。そして虐殺を行う時、キリスト教指導者達は聖書に書かれているそうした行為を民衆に示しました。

四世紀の聖アンブロシウス(カトリックの四大教父の一人)はアリアン教という異教を信じていたゴート人を殺してほしかった時、ゴート人は旧約聖書のゴグ民族(ユダヤ人のライバル)と同じく神の目障りであると主張しました。
聖アウグスチノもそうでした。旧約聖書を使ってマニ教の信者殺しと礼拝堂の破壊と求めました。
マルチン・ルターも聖書を引用しながら、プロテスタント信者達にユダヤ人の虐殺やシナゴーグの放火へと扇動しました。農民の反乱の時も反乱者を鎮圧する為に聖書を利用しました。


zz mキリスト 磔刑


第一世界大戦の時、ドイツの司教達は旧約聖書中にある様な好戦的気分に陥り、ドイツ兵の武器に十字を切って、神の加護を祈りました。ドイツの枢機卿ファウルハーバーは、ドイツのフランス出兵は反神的国家主議(フランス)への永遠の道徳律(ドイツは当時まだ帝国で、全体として遅れた国でした)の勝利だと述べました。プロテスタント司教もドイツ側が戦争に勝ちそうな時には、神に感謝しました。

ワイマール共和国の破壊に関してもカトリック教会とりわけ法王に責任があります。1933年3月23日、法王の命令でドイツのカトリック系の政党である中央党(=Zentrum、1870ー1933)はヒトラーの権能付与法に賛成し、7月5日には中央党とカトリック系バイエルン州民党を解散させました。その結果、ヒトラーに対抗する政治組織はなくなりました。


zz m「最後の審判」 左は天国、中央にキリスト、右に地獄の有様を彫刻


カトリック教こそ誰よりもヒトラーの権力掌握を助長しました。なぜなら、ワイマールの民主主義では、政教条約を成立されることは出来ず、無神論の共産党やユダヤ人の迫害も不可能でした。
ナチの後任となったドイツ連邦共和国では今なお、ヒトラーとバチカンの間の取り決めである政教条約に基づき、教会は学校に入り込んで自らの宗教教育を実行し、国は教会税を徴収し、神の冒涜が禁じられ、宗教批判者は迫害を受けるといる現実があります。

当時教会がヒトラーと手を組んだことはうまい手だったと言えるでしょう。でも、教会の最も卑劣たるところは、以前はヒトラーを敬謙なカトリック教信者と崇めたのに対し、現在では「我々教会および法王は最初から無神論者のヒトラーに大反対してきた」とうそぶいていることです。
最も早くナチドイツを認知した(外交関係を回復した)法王は最初の抵抗者に変身しました。
実際は戦後も、カトリック教会はナチの味方でした。ヴァチカンはナチの犯罪者が南米に逃げたり、彼らがユダヤ人やドイツ国民から奪った財産をヴァチカン銀行経由で輸出することを助けました。
ミュンヒ(Muench)司教および法王ピウス12世も自らニュルンベルク裁判でナチの戦争犯罪者に対し寛容であることを望みました。


zz m「最後の審判」 右に地獄の有様を彫刻


冷戦時代に、ソ連との首脳会議や平和的共存に誰よりも反対したのはカトリック教や法王でした。彼らは「神の食卓に座ることを望むなら、神の敵の卓には座れないとすでに当時の使徒が教えた」との聖書からの引用句で、平和を望む政治家を叱り飛ばしました。

ベトナム戦争の時、アメリカ合衆国の司教達はこの戦争は十字軍遠征だと言いました。カトリック司教は北ベトナムの原子爆弾攻撃で南ベトナムのカトリック教会の防衛を望みました。また、プロテスタントの牧師キュンネト(Künneth)も、原子爆弾は隣人愛の為に使えると主張しました。それはあの広島・長崎原爆投下の十三年後の事でした。

第二次大戦中、アメリカ合衆国のプロテスタントやカトリック教会の司教達も日本への原爆投下のために尽力した。1945年8月5日、パイロットが自分の母親の名前を命名したB29爆撃機「エノラゲイ」がティニアン島から離陸する直前、牧師が、「あなたを愛する者の祈りを聞き届けてくれる全能の神よ、お願いです、あなたの天の高さに向け、我々の敵と戦う乗組員を守って下さい・・・、これからも我々はあなたを信頼しながらこの世の道を歩みます。(全テキスト: H. Gollwitzer "Die Christen und die Atomwaffen" 1957からの引用)」と祈りました。キリスト教の神の助けにより7万人が広島で翌朝8時半に、即死しました。その後5年間に20万人の命が失われました。勿論、神様に感謝しました。彼ら、あのアメリカのクリスチャン達が。


zz mキリスト 磔刑a


冷戦時代、両教会は水素爆弾の開発や配置をも支持しました。
1959年、ローマでイエズス会士のグンドラハ(G. Gundlach: Die Lehre Pius Xll zum atomaren Krieg, 1959) が法王ピウス12世の原爆戦争についての意見をまとめ、出版された書籍は「原爆戦争そのものは不道徳的ではありません。。。。どうせこの世は永遠には続きません。。。我々人間は世の終わりには責任はない。。。神の摂理でそういう結果に導かれてしまいました。」等々カトリック教の悪徳とも言うべき内容です。

私は十歳の子供の時既に大人になったらキリスト教の犯罪歴を書こうと思いました。実際は書きませんでしたが、ドイツの作家カールハインツ・デシュナー(Karlheinz Deschner)は数巻に及び、キリスト教の犯罪の歴史を記しました。キリスト教の犯罪を克明に記録した彼の著書は大変優れたものです。普通の学者や政治家、ジャーナリスト達は、キリスト教の犯罪をこの様に明確に暴く事はしません。彼らは皆、教会の影響力を怖がり、教会にへつらうのが常です。

 (ホルガー ・H・ハウプト:ある在日ドイツ人の宗教史観)



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