雑学曼陀羅

男女混浴 おおらかな性風俗

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 男女混浴 江戸時代のおおらかな性風俗 



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どうしてこんなギスギスした日本になったのだろう

田舎では、戦後も共同浴場は混浴で、少年時代に恥ずかしい思いはしなかった




湯屋 女風呂 但しすべて混浴で 江戸時代の性はおおらかだった

湯船は石榴(ざくろ)口と言われる奥まったところにあり 男女混浴


 石榴口(ざくろぐち)人を飲んだり戻したり 川柳 

(入り口は男湯女湯が違っていても 湯船は同じであって 石榴口から真っ裸の男女が混浴をする 性にはおおらかであった)



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 湯屋情景図 下田に来た外国人が驚きを持ってスケッチをした


上図は渡航した外国人が下田でスケッチした絵であるが、江戸でも同じ光景が見られたようで、スケッチやエッセイなどに数多く残されている。平気で混浴する習慣に、外人は腰が抜けるほどびっくりしたことであろう。

幕府は風紀的配慮から時々禁止令が出たが、全く効果がなかったようである。女性が嫌がれば直ぐなくなるものを、当時の女性たちはまんざらでもなかったようである。『守貞曼稿』には、『ユイイル、ト云謎也。「射入る」ト「湯ニ入ル」ト、言近キヲ以テ也。』と書かれてあり、「湯入る」と、「弓射る」とを掛けた江戸っ子の洒落であった。

入浴後二階で休息しながら、談笑や囲碁や将棋をして楽しんだ。茶や駄菓子も売っており、覗き窓から女性を鑑賞することも出来た。家に風呂がない時代、湯屋に毎日通い、油っ気が抜けたのを自慢しあっていた江戸っ子たちにとって、夏ともなれば男女の別なく、行水(ぎょうずい)をするのが普通で、室内外を問わず、ちょいと覗けば半裸体や全裸体など極普通のことであった。

さすれば現代人と違って、江戸時代の女性たちはさぞや貞操観念が強かったと思われがちだが、実際の庶民は性におおらかそのものであったようだ。そもそも江戸開府以来、地方から仕事を求める人で溢れていた。参勤交代の武士や、浪人など、その多くは単身者が多かったために、市中あちこちに性風俗を売り物にした私娼が出現した。

吉原のような幕府公認の遊郭を始め、江戸っ子たちは少しくらいのカカァの浮気は寛大であったようである。例えば寺社仏閣の境内は、大道芸や見世物小屋や茶店などが立ち並び、庶民らの集う一大歓楽地であっただろう。特に矢場はその典型であった。人々のお参りついでに、ちょいと寄る矢場のお目当ては、30矢で6文(約40円)の、手軽な遊びであり、矢を射ると、「矢返し女」が目当てであって、外した矢を返す女は、実は客に春を売る女性であった。

又江戸時代の浮世絵はすべての浮世絵師によって、優れた春画が肉筆画としても版画としても膨大な数量が作成された。娘の嫁入りに際し、箱枕に忍ばせた絵が中心で、作画家の特徴をよく捉えており、性教育も行き届いていた証拠となろう。

 


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