文学・芸術

芥川龍之介 江戸時代の湯屋 (銭湯)②

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zz zoy 廓の風呂 オリジナルは二代国貞




 『戯作三昧』 


   芥川龍之介


     三



 彼が「性に合わない」という語ことばに力を入れた後ろには、こういう軽蔑が潜んでいた。が、不幸にして近江屋平吉には、全然そういう意味が通じなかったものらしい。
「ははあ、やっぱりそういうものでございますかな。手前などの量見では、先生のような大家なら、なんでも自由にお作りになれるだろうと存じておりましたが――いや、天二物にぶつを与えずとは、よく申したものでございます。」

 平吉はしぼった手拭で、皮膚が赤くなるほど、ごしごし体をこすりながら、やや遠慮するような調子で、こう言った。が、自尊心の強い馬琴には、彼の謙辞をそのまま語ことば通り受け取られたということが、まず何よりも不満である。その上平吉の遠慮するような調子がいよいよまた気に入らない。そこで彼は手拭と垢すりとを流しへほうり出すと半ば身を起しながら、苦い顔をして、こんな気焔きえんをあげた。

「もっとも、当節とうせつの歌よみや宗匠くらいにはいくつもりだがね。」
 しかし、こう言うとともに、彼は急に自分の子供らしい自尊心が恥ずかしく感ぜられた。自分はさっき平吉が、最上級の語ことばを使って八犬伝を褒ほめた時にも、格別嬉うれしかったとは思っていない。そうしてみれば、今その反対に、自分が歌や発句を作ることの出来ない人間と見られたにしても、それを不満に思うのは、明らかに矛盾である。とっさにこういう自省を動かした彼は、あたかも内心の赤面を隠そうとするように、あわただしく止め桶の湯を肩から浴びた。

「でございましょう。そうなくっちゃ、とてもああいう傑作は、お出来になりますまい。してみますと、先生は歌も発句もお作りになると、こうにらんだ手前の眼光は、やっぱりたいしたものでございますな。これはとんだ手前味噌てまえみそになりました。」

 平吉はまた大きな声を立てて、笑った。さっきの眇すがめはもう側かたわらにいない。痰たんも馬琴の浴びた湯に、流されてしまった。が、馬琴がさっきにも増して恐縮したのはもちろんのことである。


「いや、うっかり話しこんでしまった。どれ私も一風呂、浴びて来ようか。」
 妙に間の悪くなった彼は、こういう挨拶あいさつとともに、自分に対する一種の腹立たしさを感じながら、とうとうこの好人物の愛読者の前を退却すべく、おもむろに立ち上がった。が、平吉は彼の気焔によってむしろ愛読者たる彼自身まで、肩身が広くなったように、感じたらしい。

「では先生そのうちに一つ歌か発句かを書いて頂きたいものでございますな。よろしゅうございますか。お忘れになっちゃいけませんぜ。じゃ手前も、これで失礼いたしましょう。おせわしゅうもございましょうが、お通りすがりの節は、ちとお立ち寄りを。手前もまた、お邪魔に上がります。」

 平吉は追いかけるように、こう言った。そうして、もう一度手拭を洗い出しながら、柘榴口ざくろぐちの方へ歩いて行く馬琴の後ろ姿を見送って、これから家へ帰った時に、曲亭先生に遇あったということを、どんな調子で女房に話して聞かせようかと考えた。


     


 柘榴口の中は、夕方のようにうす暗い。それに湯気が、霧よりも深くこめている。眼の悪い馬琴は、その中にいる人々の間を、あぶなそうに押しわけながら、どうにか風呂の隅すみをさぐり当てると、やっとそこへ皺しわだらけな体を浸した。

 湯加減は少し熱いくらいである。彼はその熱い湯が爪の先にしみこむのを感じながら、長い呼吸いきをして、おもむろに風呂の中を見廻した。うす暗い中に浮んでいる頭の数は、七つ八つもあろうか。それが皆話しをしたり、唄うたをうたったりしているまわりには、人間の脂あぶらを溶かした、滑らかな湯の面おもてが、柘榴口からさす濁った光に反射して、退屈そうにたぶたぶと動いている。そこへ胸の悪い「銭湯の匂におい」がむんと人の鼻をついた。

 馬琴の空想には、昔から羅曼的ロマンティクな傾向がある。彼はこの風呂の湯気の中に、彼が描こうとする小説の場景の一つを、思い浮べるともなく思い浮べた。そこには重い舟日覆ふなひおいがある。日覆の外の海は、日の暮れとともに風が出たらしい。舷ふなべりをうつ浪なみの音が、まるで油を揺するように、重苦しく聞えて来る。その音とともに、日覆をはためかすのは、おおかた蝙蝠こうもりの羽音であろう。舟子かこの一人は、それを気にするように、そっと舷から外をのぞいてみた。霧の下りた海の上には、赤い三日月が陰々と空にかかっている。すると……



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 彼の空想は、ここまで来て、急に破られた。同じ柘榴口の中で、誰か彼の読本よみほんの批評をしているのが、ふと彼の耳へはいったからである。しかも、それは声といい、話しようといい、ことさら彼に聞かせようとして、しゃべり立てているらしい。馬琴はいったん風呂を出ようとしたが、やめて、じっとその批評を聞き澄ました。

「曲亭先生の、著作堂主人のと、大きなことを言ったって、馬琴なんぞの書くものは、みんなありゃ焼き直しでげす。早い話が八犬伝は、手もなく水滸伝すいこでんの引き写しじゃげえせんか。が、そりゃまあ大目に見ても、いい筋がありやす。なにしろ先が唐からの物でげしょう。そこで、まずそれを読んだというだけでも、一手柄ひとてがらさ。ところがそこへまたずぶ京伝きょうでんの二番煎にばんせんじと来ちゃ、呆あきれ返って腹も立ちやせん。」

 馬琴はかすむ眼で、この悪口あっこうを言っている男の方を透すかして見た。湯気にさえぎられて、はっきりと見えないが、どうもさっき側そばにいた眇すがめの小銀杏ででもあるらしい。そうとすればこの男は、さっき平吉が八犬伝を褒ほめたのに業ごうを煮やして、わざと馬琴に当りちらしているのであろう。


「第一馬琴の書くものは、ほんの筆先ふでさき一点張りでげす。まるで腹には、何にもありやせん。あればまず寺子屋の師匠でも言いそうな、四書五経の講釈だけでげしょう。だからまた当世のことは、とんと御存じなしさ。それが証拠にゃ、昔のことでなけりゃ、書いたというためしはとんとげえせん。お染そめ久松ひさまつがお染久松じゃ書けねえもんだから、そら松染情史秋七草しょうせんじょうしあきのななくささ。こんなことは、馬琴大人の口真似くちまねをすれば、そのためしさわに多かりでげす。」

 憎悪の感情は、どっちか優越の意識を持っている以上、起したくも起されない。馬琴も相手の言いぐさが癪しゃくにさわりながら、妙にその相手が憎めなかった。その代りに彼自身の軽蔑を、表白してやりたいという欲望がある。それが実行に移されなかったのは、おそらく年齢が歯止めをかけたせいであろう。

「そこへ行くと、一九いっくや三馬さんばはたいしたものでげす。あの手合いの書くものには天然自然の人間が出ていやす。決して小手先の器用や生なまかじりの学問で、でっちあげたものじゃげえせん。そこが大きに蓑笠軒隠者さりゅうけんいんじゃなんぞとは、ちがうところさ。」


 馬琴の経験によると、自分の読本よみほんの悪評を聞くということは、単に不快であるばかりでなく、危険もまた少なくない。というのは、その悪評を是認するために、勇気が、沮喪そそうするという意味ではなく、それを否認するために、その後の創作的動機に、反動的なものが加わるという意味である。そうしてそういう不純な動機から出発する結果、しばしば畸形な芸術を創造する惧おそれがあるという意味である。時好に投ずることのみを目的としている作者は別として、少しでも気魄きはくのある作者なら、この危険には存外おちいりやすい。だから馬琴は、この年まで自分の読本に対する悪評は、なるべく読まないように心がけて来た。が、そう思いながらもまた、一方には、その悪評を読んでみたいという誘惑がないでもない。今、この風呂で、この小銀杏の悪口を聞くようになったのも、半ばはその誘惑におちいったからである。

 こう気のついた彼は、すぐに便々とまだ湯に浸っている自分の愚を責めた。そうして、癇高かんだかい小銀杏の声を聞き流しながら、柘榴口を外へ勢いよくまたいで出た。外には、湯気の間に窓の青空が見え、その青空には暖かく日を浴びた柿が見える。馬琴は水槽みずぶねの前へ来て、心静かに上がり湯を使った。

「とにかく、馬琴は食わせ物でげす。日本の羅貫中らかんちゅうもよく出来やした。」
 しかし風呂の中ではさっきの男が、まだ馬琴がいるとでも思うのか、依然として猛烈なフィリッピクスを発しつづけている。ことによると、これはその眇すがめに災いされて、彼の柘榴口をまたいで出る姿が、見えなかったからかも知れない。(青空文庫)



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