書画・骨董

中国の青銅器文化

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西周早期 鳳文方座簋
西周早期 鳳文方座 簋(き)





中国の青銅器文化



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鳥文 簋(き) 蓋や台座は後年作られたものである。蓋の取手は、仏手柑(ぶっしゅかん)を彫刻した白玉。器内には12文字の美しい金文が深く陰刻され「子々孫々家の寶とせよ」とある。器体の霊獣耳の彫刻はオリエント文明の影響を受けている。いにしえからシルクロードを通って伝来した文化であろう。20年前の貴重な収蔵品。



中国の古典(漢字文化)や書画骨董に魅せられたものは、美しい青銅器を避けては通れない。

3,000年前、中国人の祭祀の中から、自然界のさまざまな動物の特徴を組み台わせた紋様が作り出された。それが饕餮文(とうてつもん)である。燃え盛る烈火の中で、かっと目を見開き、裂けんばかりに人きな口を開け、鋭い牙と爪をむきだした怪物。額には一対のぴんと立った耳か角。凶悪な姿にも見えるが、かえって神秘的で美しくさえ見える。この饕餮文は中国の青銅器の中でも、もっとも想像力に富んだ紋様であり、青銅器の宗教性、及び礼器としての特質をよく表している。

青銅とは銅、錫、及び少量の鉛の合金である。その出現は人類の文明を石器時代から青銅器時代へと進化させた。中国では、それは紀元前17世紀から漢代にいたる約2,000年の間であり、人々は貴重な青銅を大量に鋳造して、形が優雅で飾り紋様も美しく、銘文もはっきりした礼器や楽器、武器を作り出した。


zzzz 青銅器 青銅器 臺北 故宮博物院,3F,銅器常設展 1.召卣、素勺(西周早期),酒器
青銅器 臺北 故宮博物院 召卣、素勺(西周早期),酒器


先人たちが大自然からの賜物をいかに利用し、知恵を働かせて芸術や科学技術の結晶を作り出したか-青銅器はその象徴であり、中国古代芸術の到達点をあますところなく表している。 中国古代の礼制社会では、青銅は天地山河を祀るための宗教用礼器に用いられるとともに、貴族階級の客のもてなし用や褒美、副葬品などとしても使われた。青銅は耐久性があり壊れにくい。そこで、朝廷は、諸侯君主が朝廷のために大きな功績をあげた時などに青銅器を鋳造して、それに勲功を刻んだ。

勲功をその君主の祖先に告げ、称えることによって、後世に模範を示そうとしたのである。中華民国故宮博物院には、世界的に有名な「毛公鼎」が展示されている。これも朝廷の命を受けて作られたものである。鼎の胴の部分の内側に刻まれた銘文は497文字。語句も鼎の口から底の方まで続いていて、左右両側合わせて32行に並べられている。内容は皇帝の詔勅で、力強さがみなぎっている。世に伝わっている銅器の中ではもっとも銘文の長いものである。


西周晚期 毛公鼎
西周晚期 毛公鼎 


青銅器はその用途により、食器、酒器、水器、楽器のほぼ4種類に分けることができる。各種類ごとにそれぞれ品目も複雑で数多く、形も非常に変化に富んでいて、中国人の豊かな想像力と創作力を反映している。たとえば、黍稷(モチキビ)を盛っておく「簒」。これは現代のご飯茶碗に相当する。その形は非常に変化に富み、円脚に丸い胴のものもあれば、円脚の下にさらに四角い台座を加えて重しとしているものもあり、四角と円形との対象が美しい。


zzzz 青銅器 中国殷代【青銅酒器 爵】 幅16.6高さ19奥行10㎝ 500,000円
中国殷代【青銅酒器 爵】 幅16.6高さ19奥行10㎝


また炊事用として使う「鼎」は、縁に一対の耳を付け、下げるのに便利なようにしてある。丸い胴の下には三つの脚がつけられ、獣の肉を煮込む火が燃えやすいようになっている。ほかには「爵」や「尊」なとがある。「爵」は酒を飲んだり温めたりする食器で、縁の形は酒が口の方へ流れやすいようになっており、脇に持ちやすいように把手がある。胴の部分の下には酒を温めるため3本の脚がついている。


饕餮文觚 MOA美術館 214art_list_pic1
饕餮文觚


「尊」は大事な酒器で、丸い形のものや四角形、および四角い脚に丸い口をしたものなどがある。このように、青銅器の基本的な形は、バランスの取れた対称形がほとんどで、荘厳で落ち着いた雰囲気が特色である。 青銅器表面の紋様は、主紋と地紋を結合させることにより、立体的な重なりを際立たせているものが多い。商の時代の主紋は饕餮文が主で、左右対照を原則としている。二つの別々の動物の側面が、合わさって一つの動物の正面になっている紋様-現代の学者のいう「獣紋様」がそれだ。

西周(紀元前約1100~771年)の時代以降は鳥紋様がしだいに装飾の主紋様となってきた。この鳥紋様もやはり在右対称を原則としている。西周の中期から後期以後、主紋の表現形式は、動物を主体とした紋様から、環帯紋や鱗紋、波状紋などに変わっていった。表現方法も、それまでの左右対称から、連続的な環状あるいは帯状の紋様が器の胴の部分を取り囲むようなものに変わっていった。

春秋時代(紀元前722~481年)の中期以降は、幾何学的に上下交錯する獣帯紋が主となった。 主紋に舎わせて使う地紋は、商の時代は雲雷紋が主だったが、西周の中期以後は飾り紋様が少なくなり、しだいに地紋を施さなくなっていった。春秋中期を過ぎると、再び穀紋などを地紋として施すようになった。

青銅器紋様の表現技術は、初期の線刻や浮き彫りから、丸彫り及び立体的な彫塑形態へと移り変わっていった。それとともに、象眼技術も発展していった。象眼材料には、金、銀、銅、松緑石などが使われている。

象眼の題材は、動物の紋様、及び直線や斜線、渦巻きなどが交錯し組み合わさってできた幾何学紋様。これこそ、装飾のための装飾であり、非常に精緻で華麗なものだ。 湿った空気中や暗い地下で、l,000年もの歳月を経た青銅器には、その表面に非常に美しく鮮明なさび色が現れる。銅器にさびが生じるのは、表層下の金属を保護しそれ以上侵蝕させないためである。とはいえ、さびの色は古めかしくて優雅であり、赤は紅のように、緑はヒスイのように、青は宝石のように、生き生きとしていて美しい。


zzzz 青銅器 青銅器 goose


それだからこそ、古の青銅器は、中国の人々に深く愛され、保存されてきたのである。 中国では、寺廟の香炉・祭器であれ、学校の彫像であれ、あるいは家庭の中の置物であれ、一つとして伝統的な青銅芸術の美が見受けられないものはない。一つとして伝統的な青銅芸術の影響を受けていないものはない。

特に、伝統的な青銅器に施されたさまざまな種類の紋様は、現代の建築、衣服や服飾品、家具などにうまく生かされており、生活の中でなくてはならない重要な装飾図案となっている。 中国の先人の知恵と芸術は、現代の中国人の生活の中で、今もなお絶えることがなく、永遠の輝きを放っているのである。


饕餮文 20070413051032饕餮文


 饕餮文(とうてつもん)と金文


饕餮(とうてつ)とは、中国神話の怪物。体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つ。饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意である。何でも食べる猛獣、というイメージから転じて、魔を喰らう、という考えが生まれ、後代には魔除けの意味を持つようになった。

殷代から周代にかけて青銅器や玉器の修飾に部分的に用いられる(饕餮文:とうてつもん)。この頃の王は神の意思を人間に伝える者として君臨していた。その地位を広く知らしめ、神を畏敬させることで民を従わせる為に、祭事の道具であるこのような器具に饕餮文を入れたものとされる。


西周青銅器 斝 か
西周青銅器 斝(か) 温酒器 


金文は『史記』のような後世になって書かれた資料とは違い、完全な同時代資料であるためこの時代を研究する上で非常に貴重な資料となっている。しかし殷代の青銅器は古美術としてもきわめて高い価値があるため収集家などがこれを所持することで一貫した研究が出来ないと言うことも起きている。

なお石などに刻まれた文章は石文と呼ばれ、一緒にして金石文と呼ばれる。またこれらを研究することを金石学という。言語ルーツ研究分野で、わたしのライフワークのひとつとなっている。


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象耳鳳凰紋 卣(ゆう)温酒器 尊とセットで使用した。収蔵品。


zzzz 青銅器 青銅器 古青銅器獣耳罍 罍(らい) – 盛酒器
古青銅器獣耳罍  罍(らい) – 盛酒器



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