余白の人生

果てしなき欲望の巡礼者 「悲喜の相対性原理」

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2017 lu 「ルミナリアス」 b 炎の中を馬が駆け抜ける




 果てしなき欲望は比較から


今に在るものを見ずに、今に無いものを欲し、苦しみ続けていた事柄を振り返ると、突き付けられた言葉は、時に凶器かのように身と心を痛めるが、それは何処かで「それが真実だ」と分かっているからなのだろう。

終わりなき“欲望の”旅。

下を見ては嘲笑い、上を見ては嫉妬に狂う。じぶんの絶対性を信じる強靱な人はほとんどいない。
人と比較することで悲劇が生じるのだ。
この相対性が、二律背反が、永遠に続く限り、それは正に「永遠の苦しみ」だ。

私たちが美を探求するのは、いくら個人が美しくても、その美しさを信じられないからだ。


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私たちは、探求に探求を重ねる。
本当は、全ては私たちの内部にあるのを知らずに、である。

私たちは真実を見つけることができない。
どこを見ても真実しか見えないのに、心に蓄積した信念と思い込みによって、私たちにはその真実が見えなくなっているのである。

その「美」は、他の何に代えても成り立つのだと思う。

「富」でも「夢」でも、おおよそ人が欲したがるものなら何でも。
「そんなことは無い。外側にしか在り得ないものも在るだろう」と言う人が居ても、それも理解はできる。
自分自身にも、そういった妄想理解で飼い慣らされている節があり、それが未だ後を引いているからだ。

同時にそれは、終わりなき“罪悪感との”戦いでもある。

角度を変えれば、それは「エゴ」と表現しても良いが、一見は気が付きにくい。
何故ならそれは「自分自身を許さない」という、ある種の「快楽」でもあるからだ。
例え同情してくれる他者が居なくとも、一人で成り立つリストカットの自傷行為なのだ。


2017 lu 「ルミナリアス」 f 炎の中を馬が駆け抜ける


あなたの人生の中で、あなたほど、あなたをいじめたものはいない。
あなたが自分をいじめる程度に、それにちょうど見合うだけ、あなたは人が自分をいじめることを許す。

目覚めなくてはならない。夢から。
気付かなくてはならない。夢だと。
夢遊病の世界は底無しだ。


zz zo オカトラノオ


半日どころか、半生も、それこそ人生の殆どを、無意識のうちに形成された自分の意識の奴隷となり、飼い慣らされた夢遊病のように過ごしてしまう人もいるだろう。

まだ自分には、そんな病に引っ掛かっている物事が幾つかある。
ただ幸い、ゆっくりではあるが、それを一つずつ解いて行けている実感もある。

もしかしたら、一気にまとめて解き放たれることもあるのかもしれない。
が、当面は、今日できることをかたづけていくしかないのだ。

そうすれば、他者を意識することもなく、自己憐憫に陥ることもない。
そして、生きることに退屈することもなくなるだろう。



 
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