教育評論

「親の心子知らず」

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 「子の心親知らず」


「親の心子知らず」ということわざがあります。その対義語として「子の心親知らず」ということわざもあります。

大人である親が子供に対して「親の心子知らず」という使い方が一般的に多いような気がします。
親の方が養育の苦労が多いからかもしれません。

 「親の心子知らず」

親が子供に対する、深い愛情や苦労、心配や悩みに対する思いは、子供には伝わらず、子供は勝手気ままな振る舞いをする場合などに用いる。

○子は親の言うとおりにはしない。する(行動)とおりにする。

○子は親を写す鏡。子どもを観れば、どんな親かすぐに判る。

○子は、親の背中を観て育つ。言葉に出さなくても親の生き方を観てまねる。

○「(子が)親おもう心にまさる親心 今日の訪れなんと聞くらん」

 吉田松陰が密航を企て蛮社の獄で獄中にあったとき、親に親不孝を詫びた一首です。

 現代では、有償を求める親が多くなり、このような見返りを求めない親子・家族の愛情・絆は遠ざかりつつあるようです。

本当は、全責任が親や教師の育て方で、子どもに罪はない、ということです。



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 「子の心親知らず」

子供は親が思っているよりも、日々成長しており、子供は子供なりに様々なことを考えているものです。それでも親はいつまでも子供扱いをしたり、子供の成長を理解していない場合などに用いる。

親にとって子供は、いつまで経っても大人になっても子供であり、ついつい心配してしまうのが親心というものでしょう。
このようなことわざを見て思うことは、人間とは勝手なもので、基本的には自分を中心に物事を考えてしまいます。

「親の心子知らず」であれば、自分が親の立場のときに、自分の子供に対してそのように思うことでしょう。
「子供のためを思っているのに言うことを聞かない」「子供の将来を心配しているのにちっともわかってくれない」

逆に「子の心親知らず」であれば、自分の親に対してそのように思うことでしょう。
「私だって色々考えているのにいつまでも子供扱いされる」「親孝行を思い、親のために良かれと思ってやったのに感謝されなかった」

さて、このように自分中心に考えるのは止むを得ないかもしれません。
しかし、そこを一歩進んで「逆の立場で考える」「相手の立場になって思いやる」という思考もとても大切です。

「親の心子知らず」であれば、自分の親の心(思い)をどれだけ理解してあげているのだろうか? もし自分が今子育てで苦労しているのであれば、自分の親はどんな苦労やどんな思いで自分を育ててくれたのだろうか? と思うことが出来ます。自分が大人になっても親に要らぬ心配をさせていないか? いつまでも親に依存して苦労をさせていないか? など親の立場になって理解することです。

逆に「子の心親知らず」であれば、自分が人の親になったときに、子の心(思い)をどれだけ理解することが出来ているだろうか? きちんと子供と向き合ってあげているのか? 子供はどんな悩みや苦労があるのか? 立派に成長していることを見れているのか? など子どもの立場になって考えてみることです。

人は常に自分の立場、自分の置かれた状況により、自分を中心にして周りを見渡します。
それは当たり前であり、しかたがないことかもしれません。
しかし自分を中心とした思考が過度になれば、それはただの「ジコチュウ」です。
物事が上手く行けば自分の実力。上手く行かなければ周りの人が悪いと責任転嫁。
そのようについつい思ってしまう癖がついてしまうものです。

このようなことは、何も「親の心子知らず」「子の心親知らず」といった親子関係に限らずです。自分の配偶者にも言えることですし、仕事関連での人間関係にも言えることです。

それでも、やはり一番疎かになりやすく、つい甘えてしまうのが家族であり、それでいて一番大切にしないといけないのも家族間の愛情ではないかと思うのです。

「自分は今大変だ~。自分ばかりが大変だ~。」
という思いもあるかもしれませんが、一歩「自分」を離れてみると案外楽になれるかもしれません。
そんな親に育てられた子どもが、自立できないまま社会に放り出されるほうがもっと大変なことになるでしょう。




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 家族の愛情について、次のように言った人がいます。

 ” 家庭とは、外で傷ついても、癒される場所、思いっきり甘えることのできる場所、たとえ親にはり倒されても、やがて恢復する心の安まる居場所、自分の存在が肯定され、承認される、治外法権の特別の空間なのである。

 当然のことながら、家族のなかでも社会的価値観が重視される。だれだって親が金持ちで、子供の全教科の成績がよい方がいい。子供が出世し有名になり成功すれば、喜ばない親はいない。
 だが、家族による根源的な承認は、それ以前の問題である。子供が成功しなくても、つまり、社会的価値があろうとなかろうと、損なわれることがない。家族とは、道理とか理屈を超えた結びつき、何者にも侵すことのできない聖域の族のことである。

 子供をかけがえのない存在として見なさず、社会的価値の視点から、交換できる商品のように、親の愛情の代償価値と見なすならば、子供の不幸はここから始まる。

 家族の深い愛情、治癒力に勝るものはない。 
 社会から、世間から、たとえ認められなくても、「忘れえぬ人々」が居る家族があれば、ただそれだけで、人は生きていける。”




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