余白の人生

私の履歴書 『神の手:God's Hand 』

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 私の履歴書 『神の手:God's Hand 』



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 20171019 数年ぶりのギックリ腰治療


私には、隠れた特技がある。
これまで一度もブログアップしたことはない。
でも、もうそろそろ自分史日記に遺しておいていいだろう。

きっかけは、今日夕方、起こった出来事だった。

自分の不運な直接体験が、人生最大の歓びになった噺である。

人生最大の喜びは、人が喜ぶ顔を観ることである(三島由紀夫)
人の徳とは、自分も楽しみながら、人を喜ばせることである(中島敦)

22歳、卒業して、母校の新任教師として就職も決定していた。

ほぼ3年間お世話になった広島市緑町の間借り専用下宿を引き払う時が来た。
ふるさとの自宅に持ち帰るベッドや段ボール箱を運送会社の車に積んでいるときに、重い箱を抱えたまま50㎝ほどの側溝に片足が嵌ってしまった。

腰がグキッと鳴って、はじめてギックリ腰になってしまった。
帰郷して、近くの整形外科に通院治療しても治癒する気配はなく痛みはますますひどくなるばかり。
新任者として、母校の教壇に立てるという晴れやかなときに、激痛をこらえての哀れな教師のスタートとなってしまった。

ギックリ腰を経験した人はわかるが、身体が傾いて前のめりになり背筋を伸ばして歩けない。
おしめをはめた幼児が歩く姿を想像すればよい。

生徒たちからは、さっそく「オシメちゃん」という渾名を貰った。
4月末には、通勤できなくなり、通いの整形外科に入院する羽目になってしまった。

入院中に、隣室の女子中学生が片足切断して壊疽になり、亡くなったという話を聞いた。

こんな藪医者の医院に長く入院してはおれない、と不安になっていた矢先のこと。
帰郷して、オフクロさんが不憫に思い、敷地内にあった山神さん(1770年建立)にお百度参りをしていた。
不思議なことに(今では偶然ではなく必然的現象と信じている)、100日目に、腰痛治療のベテランが、川棚町で整骨院をしている、という話を親戚から聞いてきた。

渡りに船、回復していると嘘をついて、急いで自主退院してしまった。
私は、危険や危機に対して、嗅ぎ取る動物的鼻が発達している。
いわゆる、危険予知能力というやつである。これまで何度も経験した。

但し、神に仕える巫女がバージン喪失すると霊験がなくなる(どうせ眉唾であろうが)。
これと同様に、酒が入るとこの予知能力も効き目がなくなってしまう。
これまで、何度も失敗してきたが、結果的には難を逃れた、という話はよくある。

今でも、この恩人の名前を覚えている。
整骨院の潟手茂四郎さんに整体(各部の関節をボキボキと鳴らして荒療治をする)治療をしてもらうと、ア~ラ不思議!激しい痛みが嘘のように消えたのだ???

数か月の長期間に、患部の神経がかたまり硬直しているから、筋肉と共に揉みほぐさなければすぐ元の痛みに戻る、ということだった。
川棚は距離的に遠く不便だったので、整骨院を口コミで捜してみたら、早岐駅前に武田整骨院があった。

ここで、3か月間患部付近から末端まですっかり硬直した神経をほぐしてもらい完治した。
武田さんも2時間かける荒療治で、指先マッサージでは効き目がなくなり肘の先でえぐり出すように揉んだので、初めごろは悲鳴を上げていたが、徐々に気持ちがよくなり按摩中にイビキを立てて眠ってしまった。

帰郷して4か月ほど経って元の堅固な腰に戻り、「オシメ」という汚名も解消した。
今日在るのは、母のお百度参り、今は亡き2人の大恩人のおかげである。

私の好奇心と人一倍強い研究心に拍車がかかった。
武田さんの治療法は、我が身をもって体得・マスターしたが、潟手茂四郎セラピーは未習得だった。

ここが人と違う処で、現代医学の整形医者が今日未だに治せない、ギックリ腰を民間治療で見事に完治した『神の手』治療法を完全にマスターすれば、きっと人様の役に立てる。
そう一念発起して、潟手のお爺さんに「弟子入り」をお願いしたら快諾して頂いた。

その年の夏休みに、免許取り立て・1600㏄中古の自家用で、腰痛治療を願う患者(実は実験台だが三方喜ぶ三方よし作戦)を捜し、愛車で送迎して治療を観察・臨床(指先で触れたり揉むツボを懇切丁寧に指導を受ける)を研修し基礎治療法を習得いてしまった。

患者の中には、大学先輩の故・松尾憲一校長も含まれ、奥様も大変喜ばれた。

教職や教員仲間の話は、あまり面白くもない。
民間治療の話題は一つ一つ記憶に残り、適当に喜怒哀楽が入り、『あかひげ診療譚』とまではいかなくても、
『薮医のギックリ診療譚』として記事になる。

22歳から今日まで、数えきれないほど(延べ回数では5000回を超えるだろう)彼方此方、行く先々で治療してきた。

医者や整体師の資格がある訳ではないから、
法に触れる治療費は一切貰ったことはない。
感謝さえされても、民間療法だから訴えられたことは一度もない。


三島由紀夫ら「楯の会」
 

 座右の銘にしている、

人生最大の純粋な喜びは、人が喜ぶ顔を観ることである (三島由紀夫)

人の徳とは、自分も楽しみながら、人を喜ばせることである (中島敦)



で、災い転じて福、となった数奇な我が人生をエンジョイしているだけだ。

数年ぶりに、我家の大切な雑木林専属管理人のトリマーが、歩くのも苦しそうに、夕刻治療に見えた。

半時の治療後、帰りは嘘のようにシャンとなり、笑顔で帰った姿を観て、まだやれる。

整形外科に入院しなくても、整骨院に通わなくても瞬時に解決する治療法が実存するのである。

まだ、捨てたものではない、という自信と歓びに浸った。




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