余白の人生

私の履歴書 『魚冥利の生涯』②

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a 壱岐牛 焼肉

 


 いらっしゃいませ


初めての方も、お馴染みの方も。
壱岐の島で育った本格和牛を、壱岐の島でご堪能ください。
こだわりの焼肉を、お手軽に味わってくださいませ。


a 壱岐牛 焼肉1


「壱岐牛」そして「壱岐野菜」「壱岐焼酎」「壱岐(壱州)豆腐」など、
地元の恵みを豊富に取り揃えて、壱岐牛焼肉が、おもてなしいたします。



  ★ ★ ★


2度目の島地区勤務で、壱岐に3年間滞在した。
郷里とは交通の便が不便なところで、博多港経由か唐津・呼子経由で閉口したが。
兎に角、食べ物の美味しい美しい島だった。

米(諫早平野の次に広い原の辻平野)、鮮魚、野菜、焼酎に毎日舌鼓を打った。
日本が戦争になっても、自給自足が出来るのは壱岐だけである、と自慢していた。
ノンベイだったので、よく飲み屋街に着流しで出かけていた。

我家モナリザの買物がきっかけとなって、土産干物売りの奥さんと知り合いになった。
ご主人は、一本釣りの漁師さんで郷ノ浦港が母港であった。

このチャンス到来をイシコロが逃すはずがない。
ご夫婦とも純朴で飾り気がなく、すぐに意気投合した。

奥方タマチャンの誘いで、モナリザが40過ぎて自動車学校に通い、一発でオートマ限定の普通車免許を取得した。
この免許のお陰で、同伴同居していた母の世話が93歳まで活躍することになる。

島には、白のアウディが一台しかなかったので、若葉マークでどこにいたのかすぐにわかった。
赴任してまもなくの話しだから、ほぼ3年間は、毎日獲れ立ての四季折々の旬の魚が食卓を彩った。


a 417キロのクロマグロ


船長のマーチャンの帰航を待ちきれず、勤務時間を過ぎたら、毎日漁港の係留位置で待った。
その日の鮮魚を分けてもらい、教頭官舎に届けて、また職場に戻って仕事・戸締まりをした。

官舎に帰宅すると、鯛・ヒラス・クロ・イサキ・イトヨリ・鯵など旬の魚が活き作り・お焼きと化し晩酌が進んだ。
おそらく、生涯を通して私ほど活き魚を愛し、魚冥利に尽きる数寄者はいないであろう。

マーチャンは下戸で、魚の代金を絶対受け取らなかったので、壱岐牛を買って彼の自宅でよく焼肉パーティをした。

ある時など、延縄にかかった3kgのトラフグを馴染みの野元寿司に持ち込み、フグ刺し・フグ鍋にしてみんなで食した。
在任中に、彼が釣り上げた一番大きな魚は、16kg のクロマグロの子(写真右程度)が、今でも眼に焼き付いている。




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