雑学曼陀羅

漢語「知己:ちき」と「己知:みち」の違い

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000 深紅色の牡丹1





 漢語「知己:ちき」と「己知:みち」の違い


漢文(中国語)は、英語と語順が似ている。

 我(己)愛人:I love you 
 日本語では:我(己)人(を)愛(す)・・この語順のせいで英語・漢文学習が難解で遅れる。

イシコロは、中学時代に「敬天愛人」「則天去私」の意味がわからなかった。

 イシコロ解釈では


☆ 「知己:ちき」は、己を知ること=身の程を知ること(良い意味)
☆ 「己知:みち」は、己が知っていること=限られた狭い知識=思い込み、思い上がり  (人が犯しやすい過ち)

「食人之食者死人事」が漢文の語順がもっとわかりやすい。
 【出典】史記摘録-3 淮陰侯(韓信)列傳

中国人が英語の上達が速い理由は、語順が同じで、動詞の直後の目的格(を)察知しやすいからである。日本語は、孤立語で国際語には相応しくない。

 his knowledge : 彼之知識 (彼の習得した知識)
his knowledge of the world : 彼之知世間事 (彼が世間を知っている事)

漢語の文法・語順を理解していなければ、
中国は、古くから人肉食の習慣があるから、笑いごとではなく、
「人肉を食したものは(その罪で)死人となる事」とカニバリズムの意味となってしまう。


 「人の食を食せし者は人の事に死す」

 意味:

 官僚、というのは、一般人にない不思議な性癖をもつ。おのれとおのれの一家は国の財で養われている身であるのに、国の財を貪り、あるいは浪費することに、毛ほどの罪悪感も保たない。一般の民衆が血と流汗のうちから納入する税は、当然の義務と一概に断じ、収納した税金は、天から降り地から湧き出たと信じ、浪費を惜しむことを知らない。


言葉は、生き物である。従って、長い時の経過の中で、意味も変化していく。

漢語の語法・文法、元々の意味を知らずに、用法の正誤とはかかわりなく独り歩きをした。
その結果、現代の辞書にあるような意味が生じたのであろう。

不妊症(妊まない)は正しいが、認知症は認知できない「不認知症」が正しい、のと同じだ。


「知己:ちき」

1 自分のことをよく理解してくれている人。親友。「この世に二人とない知己を得る」
2 知り合い。知人。「知己を頼って上京する」
3 「己を知る」身の程を知る。自分が、どういう状況・立場にいるかを知っていること。

 孫子の言葉「知彼知己百戰不殆」

彼(かれ)を知(し)り己(おのれ)を知(し)れば百戦(ひゃくせん)あやうからず。
意味を言えば、慢心するな。簡単に言うと、勝てそうな戦はすべし。負けそうならやめろ。そうすれば100回戦っても負けはない。


「己知:みち」

論語

『子曰、不患無位、患所以立、不患莫己知、求為可知也』(子曰く、位なきことをうれえず、立つゆえんをうれう。己を知ることなきをうれえず、知らるべきことをなすを求む)

意味

地位や権力を得ることばかりを求めることに心を砕くのではなく、自分がその地位や権力に相応しい人間性を備えているか、その職責を果たすだけの実力があるかを考えることが大切。まわりの評価ばかりを気にかけるのではなく、他人が認めざるを得ないような仕事ができる実力を身に付けるため、努力することが肝心である。

解説

一生懸命に働いているのに認められないという思いを持つ人は多いと思います。もし今、そんな不満を胸に抱いている人がいれば、この言葉を思いだしてください。目の前の結果に一喜一憂せず、自分が何をすべきかを見いだして、それに向かって進んでいけば、きっと道は開けます。

論語

『子曰、不患人之不己知、患己不知人也』(子曰はく、人の己を知らざるをうれえず。人を知らざるをうれう)

意味

人が認めてくれないことを嘆いてはいけない。それよりも、自分が人の良さ??をわかっていないのではないかと心を配ることの方が大切な生き方である。


000 さなかずら


老子の哲学と比べたら、孔子は儒学(支配者に都合がいい)的で衒い・詭弁がある。
上の解釈を真に受けたら、日本人の負の遺伝子となった、世間体・気遣い・思いやりで疲れてノイローゼになってしまう。

イシコロ解釈は、

『患己不知人』は、自分が人・相手(の力量や人間性が不足している)を知らないこと、を気にした方がよい。
元々、己のことをよく知らないのに、相手を知ることなどは不可能なことで、そんな訳のわからぬ者は相手にするな。

の方が、自然体でわかりやすく理に適っている。
この表現は、基本的にも文法も意味をなさず、後世儒教のでっち上げの匂いが強い。
ちなみに、孔子は人肉を好んで食したそうだ。
当時は食の習慣としてだれでもやっていたから、当てにはならない。


解説

誰でも「人に認められたい、認められれば嬉しい」ものです。しかし本当に大切なことは、他の人の良さがわかることです。人に関心を寄せれば、大切なことを学ぶことができて、自分をより向上させることができます。そして、それによって、いつか人は自分のことを認めてくれるようになるということを意味しています。


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