雑学曼陀羅

上品さで覆われた虚飾と浪費の構造

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真綿のような白雪に包まれた紅一点の椿は上品で美しい。
だが、よく見ると、紅椿の下部が虫喰いになっている。
雪が溶けたら露わになり、芯まで侵され開花してもだれも振り向いてはくれない。
繁栄と衰退は表裏一体である。人の一生も同じであろう。
それでも人間は上品な文化にあこがれる。





 上品さで覆われた虚飾と浪費の構造


現代は、昔と比べると、あらゆる分野で恥も外聞もなく下品な時代になった。

言論・表現の自由を獲得し、解放された民衆の様相は歓迎されることでもある。

品がある、と、品がない、となると、上品で品格の高い方を選びたくなる。

ところが、見た目の上品さの裏側には、とんでもない落し穴が潜んでいる。



 上品さとは何か 


上品さとは、欲望充足の直接性と効率性を否定することであり、上品さにおいて文化が自然から区別される。

上品さは、上流階級の人々が富を衒示的に浪費することで示されるステータスシンボルである。


テーブルマナー

上品さとは何かをテーブルマナーを例にとって考えてみよう。スープを飲むとき、口を皿に直接付けて飲むことは、マナー違反である。スプーンという媒介を使って、動物的な直接性を否定しなければならない。しかも、スプーンでスープを飲むときは、手前から向こうへとスプーンを動かさなければならない。向こうから手前にすくって、口に運ぶ方が効率的なのだが、そうした効率性はあえて犠牲にされる。またスプーンを口に運ぶ時、猫背になってはいけない。背筋を伸ばした超然とした態度で、自分から欲望の対象に近づくのではなく、近づいてくるスープを待つかのようにして摂取する方が、優雅である。

パンを食べる時も、直接丸かじりしてはいけない。一口分の大きさにちぎって食べなければならない。また、バタークーラー(バターボール)に盛られているバターを直接パンにつけてはいけない。まずバタークーラーからバターナイフでバターをパン皿にとり、それから皿の上で一口大にちぎったパンに自分のバタースプレッダーでその都度バターをつけ、口に運ぶのがマナーである。あらかじめパンをすべてちぎって、まとめてバターを塗るほうが効率的だが、そうした効率的な食べ方は、見苦しい食べ方として軽蔑される。

このように、上品であるためには、直接性と効率性が否定されなければならないが、それはテーブルマナーに限ったことではない。洗練されたコミュニケーションについても同じことが言える。


洗練されたコミュニケーション

私たちは、動物にある振る舞いをさせるように命令する時、鞭で打ったり餌で誘導したりする。相手が人間ならば、こうした直接的な行動に訴えなくても、言語によって間接的に相手を動かすことができる。上流階級の人々同士となれば、自分の気持ちを相手に言葉でストレートに表すということすらしなくなる。平安貴族は、花鳥風月を優美な和歌に詠いながら、縁語や掛詞で自分の感情を間接的に伝えた。相手が教養人なら、それで十分意思疎通ができたのである。

現代の上流階級の人々も、和歌を詠わないまでも、露骨であからさまな表現を野暮と感じて慎むことが多い。例えば、相手がモーツァルトの愛好家ならば、相手を直接褒めずに、モーツァルトの作品を褒めることによって間接的に相手を褒めるという具合に、である。

相手を非難する時には、さらに入念に直接性が否定される。なぜならば、非難するという行為は、褒めるという行為に比べて下劣な行為だからだ。動物が敵にほえるように、相手を直接ののしることは、相手の品格を下げるという意図とは逆に、自分の品格を下げることになる。そこで、直接相手Aを非難する代わりに、Aに聞こえるような声で、近くにいるライバルBのAにはない長所を褒めるという二重の否定によって、自分の品格を維持したまま自分の意図を実現するという巧妙な手段がとられることになる。


謙虚さのパラドックス

直接性は、欲望を剥き出しにするがゆえに、下品である。上流階級の人といえども、否、上流階級の人ほど、権力、名誉、金、性などに対して強い欲望を持つのだが、あたかもそうした欲望を持たないかのように振る舞うことが、上品であるための条件である。

例えば、平安時代、藤原氏は、天皇から関白に命じられても、いったん辞退することを慣わしとしていた。実際には、藤原氏は権力の亡者であったにもかかわらず、そうした儀式が行われた。自分から欲望の対象に近づくのではなく、超然とした態度で、近づいてくる名誉を待つかのようにして受け入れる方が、優雅なのだ。

今でも、エリートは、自分が賞賛されるとそれを否定し、あたかも名誉を望まないかのように振る舞う。謙遜すれば、自分の名声と人望が高まることを計算に入れているのだ。このように、謙遜には、名誉を否定することによって肯定するという屈折した構造がある。


非営利と非効率

直接性の否定は、非効率、すなわち資源の浪費を帰結する。だが、たんに浪費されるわけではない。経済資本が蕩尽されることにより、上品さという文化資本と人望という政治資本が生産されるのだ。社交界での舞踏、乗馬や狩猟やテニスといった洗練されたスポーツ、弱者に哀れみの手を差し伸べる慈善活動、趣味としての芸術や文学など、有閑階級の人々が行う非生産的な活動は、彼らが、生産的活動に直接従事しなくてもよいほどに富があることを周囲に誇示するがゆえに、彼らの高貴さにいっそうの輝きを与える。

現代日本における高級官僚たちは、かつての貴族に相当する。マスコミは、官庁や高級官僚が天下った特殊法人や公益法人の非効率性をしばしば批判するが、彼らは、民間企業の経営者のように、収益をあげることができないことに対して、何らの劣等感も持っていない。むしろ、彼らは、自分たちが、利潤の増減に一喜一憂する商人的な世俗性から超然としていられることに貴族的な優越感を持っているのだ。

ボランティア慈善活動も、営利活動に対する蔑視に基づいている。非効率であるがゆえに、慈善的なボランティア活動は、高貴で崇高な行為として人々の尊敬を集めることができるのである。
 

貴族趣味

もしもすべての人が上品でいられるならば、上品さはエリートたちの貴族的な欲望を満たしてくれないだろう。しかし、すべての人が上品であろうとするならば、社会全体の効率性が著しく下がり、あまりにも資源が浪費されるので、社会が成り立たなくなる。だから、上品であることは、富裕階級にのみ許される特権である。

もっとも、たとえ一部とはいえ、非生産的な階級が存在することは、経済にとっては重荷である。寄生虫的有閑階級がはびこると、その国は滅びる。かつて世界一の帝国であった清王朝は、アヘン戦争以降、新興工業国イギリスの半植民地となったが、それを予感させるこんなエピソードがある。

中国の高官は、従者にドアを開けさせて部屋に入り、召し使いに椅子を引かせてテーブルについた。典型的な直接性の否定である。ところが、イギリスから来た大使は、自分の手で椅子を引いてテーブルについた。それを見た中国の高官は、自分の手で椅子を引くような身分の低い人間と話はできないといって会談を拒否した。椅子ぐらい自分で引けばよいという合理主義が理解できなかったのだ。

合理主義的なイギリス人も、日本では、一流の理工系大学を卒業したエリートが作業服を着て工場で働くとか、経営者が労働者と同じ食堂で同じようなメニューの昼食を食べるという話を聞くと驚く。しかしここに、戦後の日本が先輩工業国であるイギリスを追い抜くことができた秘密がある。

日本の本社からアジアの途上国に派遣された工場長が、現地の作業員に範を垂れようと、自ら作業服を着て工場で作業を行ったところ、現地の人は、「こんな肉体労働をするなんて、この人はきっと賤しい身分の人に違いない」と考えて、その工場長の言うことを聞かなくなったというエピソードがある。

現場で直接働く労働者よりも、オフィスで間接的に働く中間管理職の方が、そして中間管理職よりも、一切の労働から解放されて、非生産的活動に時間を浪費する上流有閑階級のほうが高貴である、つまり直接性が否定されればされるほど身分が上になるというのが貴族趣味的な価値観である。戦後の日本の製造業が、世界のトップに登りつめることができたのは、こうした貴族趣味的な価値観を放棄し、エリートが現場と一体となって効率性の向上に努めたからである。

かつては勤勉だった日本人も、80年代のバブルの時には、富の衒示的浪費である成金趣味に走った。貴族趣味は、見た目は華やかで上品であるが、衰退する経済の花道を飾る徒花に過ぎない。

世界の歴史を振り返っても、権勢を誇り贅沢三昧にふけり、清廉な治世を放棄した歴代の王朝や特権階級は繁栄と衰退を繰りかえし滅んでいった。

上品さには、憧れの対象であると同時に、呪われた部分であるという両義性がある。




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