文学・芸術

『人間嫌い』 モリエールの独笑文学

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000 秋明菊 白の一重 




  『人間嫌い』モリエールの独笑文学 


 20161028 憎めないツンデレラ民族に捧ぐ
 


「愛してる」や「好き」の対照表現は、「嫌い」や「憎い」ではなくて「無関心・無反応」である。
日本人のツンデレ文化を見ると、この状況がクリアにわかりやすい。

心理学的には、アンビバレンス(ambivalence)の感情。

同一の対象に対して、愛と憎しみのような相反する感情や態度が同時に存在していること。両価性。両面価値。〈かわいさ余って憎さ百倍〉

正直者が馬鹿を見る、とか、真面目だけでは損をする、とか、ある程度のずるさが無いと世渡りできないとか、誰しも一度ならず耳にしたであろうこう言った言葉からもそれはうかがえる。

気がつけばそういうずるさや手の抜き方を覚えていって、理想やあるべき姿の追求をやめてしまう。そんな自覚すら持っていないのが普通なのかもしれない。

純真なアルセストを見ると滑稽で笑える一方で、どこかむなしさ寂しさが感じられてしまう。

面白いことに、アルセストが非難する社交界のうわべだけの人間関係というのは、多かれ少なかれ現代人にとっても無関係なことではない。

一例として、アルセストがある貴族オロントの詩を批評するシーン。
オロントはアルセストに対して、今後とも仲良くしていきたいので、そのしるしとして自分が書いた未発表の詩を紹介したい、ついてはその詩が公表に値するものかどうか、ご意見伺いたい、と言う。

これに対してアルセストが難色を示す。
いや、僕はそんな事柄を決定するには、どうも不向きな男、そいつはどうか願い下げにしていただこう。そんな事柄の決定となると、どうも必要以上に、率直に物を言う欠点をもっているからね。

アルセストは自分が世間でどういう目で見られているかよく知っている。

世間一般では、友達や地位のある人間の書いた詩は、何はともあれ持ち上げて賞賛すべきもの。しかし彼は手放しの賞賛はつまり欺瞞であって、徳に反すると考えるのだ。

その結果として、オロントが期待するのとは違った辛口目な評価をしてしまうのは目に見えているので、詩の批評を辞退しようとした。

しかしそうしたアルセストの配慮が分からない単純なオロントはこう続ける。

いや、それこそ私の望むところ。私はあなたが歯に衣着せず、本音をを言ってくださる。もし私の期待を裏切って、心にもないことを言って下さろうものなら、それこそこちらでは、まことにもって遺憾千万。

そこでアルセストは、そういうことなら、とオロントの詩を読むことをやっと快諾する。
ところがこれがまた酷い詩で、アルセストは呆れてものが言えないほどの駄作。

それでも約束に従って、アルセストはオロントの詩を細かく批評していく。
そして、同じテーマでもっと優れた古い詩を紹介して、こんな風に表現した方がもっと良いと助言する。

これに対して、オロントは激怒する。 反論ではなく、本気で腹を立ててしまうのだ。

オロントはアルセストに、褒めてくれとは言わずに思ったところを飾り無く言って欲しいと言ったのにもかかわらず、その通りにしてくれたアルセストに対して激怒してしまう。
挙げ句には、オロントはアルセストを裁判所に訴えて追放しようとさえする始末。

(本人同士は、悲劇を演じているのに、観客・読者には最高の喜劇で大爆笑もの。)



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一見飄々と書き上げたかの作品に見えるが、喜劇と悲劇という対極に位置する両者を苦も無く流麗に調和させる技術は物語の書き手なら誰もが嫉妬を禁じえない喫驚の一言。
これぞフランス古典主義の三大作家と言われる力量。かのゲーテがこの作品を読んでモリエールにぜひ会いたいと渇望したのも頷ける珠玉の戯曲作品だ。

夏目漱石の『草枕』の一文、
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」を思い出す。

「悲劇のヒロイン」は、意識の奴隷・妄想迷妄の罠に嵌った、疑心暗鬼や魑魅魍魎の独り歩き。
嵌ってしまえば、最高のエクスタシーとなり、抜け出すのは不可能に近い。

岡目八目、知らぬは亭主ばかりなり。傍から観たら、滑稽そのもの、涙が出るほど笑いが止まらない。

ところが哀しいかな、万人が、生涯背負って生きなければならない宿命の精神病理症候群。

「生きること」を、悲と感じるか、喜ととるか、「死」を悲喜劇どちらにとるか、人の数だけ捉え方があるだろう。
生死を『悲劇』とする日本人の一般論は当てはまらない。

人生、悲喜こもごも。
どうせなら、生も死も『喜劇』のほうがたのしい。
モリエールは、それを透徹した洞察力で見抜いていた。




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