雑学曼陀羅

開高健「オーパ!」 感動・爆笑スレカラ編

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yyy 開高健 「オーパ」




 開高健「オーパ!」感動・爆笑スレカラ編


 難しいこと、学歴、教養など無くてもいいんだ。

 他人の眼、評判、世間体など気にしなくていいんだ。

 楽しいこと、哀しいこと、腹立つことがあっても、生きていればいいんだ。

 臭い場所から生まれ、腐って死んでいくのが万物の宿命だ。

 どんな綺麗ごと言ってもはじまらないよ。

 そんなセリフが、開き直った開高の口から今でも聞こえてくる。



    ☆ ☆ ☆


デブで声が甲高い親父だけど写真だと非常に絵になる。
きっとあの目つきのせいだな・・・。

チョウザメの腹をかっさばき 卵がないのを確認して、縫合してリリースしてた。
あれは痛々しかった。

「ただよえど沈まず」

ロシヤでは実際に、帝王切開でキャビアを取ったら、
また縫い合わせて放流しているという話だけど。

ところで「かいこう」という姓は非常に珍しいそうですよ・・本人がどこかに書いていました。
・・・ふさがった場合は「開口閉口」ナンだと・・

開高姓

たしか、「四畳半襖の下張」裁判の時に「開」が女性の一部の云々って話を読みました。非常に珍しい姓らしいですね。

そそ、開高ってのはボボダカって意味だと本人がどっかで書いてたよね。
非常に珍しい名字らしい。


「オーパ!」を読んで感動したのを覚えています。

アラスカの海で巨大な15kgオーバーのオヒョウ(カレイの化け物)を釣り上げたり、
砂浜でバケツ一杯に入れた水を撒き散らすとぷっくりしたハマグリの貝殻が出てきて、
それを採っては海水で煮て豪快に食していた氏の姿に憧れを抱いていました。

チョウザメを釣る仕掛けもシンプルながら豪快なものでしたよね。
たしか、糸に石を巻きつけそれを流れの強い川に投げ込むという大胆なものだったような。。

私は最初、氏は釣り師であるとしか思っていませんでした。
しかし、サントリーのコピーライターから小説家になり、
戦火のベトナムを取材し、本を出していたなど。
「漢の中の漢」だと思います。


開高の一文に親子を描いたものがあって、読んだ当時も心に残りましたが
今読み返すと尚更ズシンと響きます。
大物を掛けた息子と、アドバイスはしても決して手を貸さない父親。
「子はおそらく生涯今日を忘れないであろう。子は成長して言葉やアルコールで心身をよごし、
無数の場所で無数の声を聞きつつ緩慢に腐っていくことだろうが、
父のこの叫び声だけは後頭部にひろがる朦朧とした薄明のなかでいつまでも変形せず解体しないで 小さな光輝を発していることであろう。」


yyy 開高健 「オーパ」2



 開口健 享年58歳

平成元年(1989)4月17日 済生会中央病院にて食道癌の手術を受ける。
同年10月12日「珠玉」を脱稿した翌日、再入院。
同年12月9日 食道腫瘍に肺炎を併発し死去。

食道癌だったんだよ。青山斎場で葬式は執り行われました。マスコミ文壇関係者だけでなく、釣り業界の人もいっぱい来てました。

02/09/24 22:32元々不規則な作家生活で運動不足で身体がボロボロになっていたので、医者に軽い運動を薦められ、釣りを始めたという。

大江健三郎とライバルだったので、開高が生きていい作品を発表していれば オオケンも刺激を受けもっとギラギラした野心的な小説を書いていたような気がする。
そういう意味でも開高の死は惜しい。

1時間幸せになりたかったら酒を飲みなさい。
3日間幸せになりたかったら結婚しなさい。
8日間幸せになりたかったらブタを殺して食べなさい。
永遠に幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。

開高大兄は八丈島で足止めを食らった時、鬼殺しという名前の焼酎で
名前は立派だか度数が低くて法螺も猥談も力が入らなかったと
お嘆きでした。確か40度だったはず。恐るべし大兄。

さて皆さん、ゴカイより魚が釣れる疑似餌の名前は何でしょうか・・・初期の本に(中期だったかな、今手元にないもんで)こんなのも出てくるよ
02/10/22 23:39 こんどうむだったっけ

「生き物としての静物」の中の「インディコブルーの秀作 ジーンズ」に
そのような記述があったような。
開高はネクタイ嫌いというのは有名ですよね。ネクタイが嫌いだから
三つ揃えも好きではない、でも、ノーベル賞の通知が来てから
作っても遅くはありますまい、という感じで書いていたように記憶しています。
存命であれば間違いなく文学賞は受賞していたと思います。
大江健三郎も受賞しましたしね。

僕の覚えているフレーズは
生まれるのは偶然、生きるのは苦痛、死ぬのは厄介、というものです。
南無妙法蓮華経。


yyy 開高健 「オーパ」1



釣りは、運、勘、根、すなわち人生である!
patience  patience  patience 忍耐の芸術であります


後期の紀行文は
なんか有名人開高に釣らせるための
やらせの「大名づり」番組みたくてやだ
取材の裏でたくさんのスタッフがお膳立てするのがみえみえで
うざいし
秋元キャパとのいきあたりばったり紀行のころとは
大分様子が変わってもた


開高丼とは、越前蟹の♀(越前ではセイコがにと呼ばれる)を
4―5ハイを、ドンブリ飯に載せたもの。
大体時価1マソくらいするらしい。
♂のズワイではなく、♀のセイコを使用するところが開高丼の肝。
セイコの方が甘味があり、みそや子も美味いと通は知っているが
先生もご存知のようで。
別名、海の宝石箱と呼ばれている。
先生は毎年福井県の越前町へ足を運ばれたそうで、丼を無言のままかき込み
食い終わってうーんと唸っていたらしいよ。
毎年食いたいと思うが、毎年食いそびれている。悲
いつかは開高丼。うーんと唸ってみたい。

死ぬほど贅沢・・・。夭逝するわけだ。

俺達にはもっと生きていてもらって、もっと美しい文章を見せてもらいたかった。

で、そんな贅沢な開高丼でも先生はただ美味いとは表現せずに、どんな
ものかというものをまるで食わしてもらうように想像させるに十分な
文章力があった。だから死んでしまったのがもったいない。一生俺は
開高丼が食えない。だから若すぎる死。夭逝だといってる。こんなことも
解説しなけりゃ判らないのか君は?。

夭逝 ←何て読むんだ?
ようせつ
若くして死んだ人の才能を惜しんで使う言葉
普通は10代、20代、30代からせいぜい40代の前半くらいまでに
亡くなられた人を言う事が多い。
小説家だと代表的な人として立原道造とか中島敦とか・・・。
以前山口瞳が寺山修司(享年48歳)を差して夭折と言っていたが
さすがにちょっと無理があるな・・・と思った事あり。


yyy 清流 イワナ 源流のイワナは、エサが少ないので蛇まで食べてしまう


最近本を処分していたりしたのでそのときに「水の上を歩く」という
対談集を見つけて読んでたけど本当に読んでいて辛かったね。
あの対談は本当に最晩年に行われたものなので先生の死期がこつこつ
と忍び寄ってくるのがわかる。

最晩年は腰痛が水泳をしていても治らなくなりつつあったこととか
(背骨への転移?)対談していて辛くなったからといって横になって
話をしたりとか。

振れこみがジョーク対談というものだったけどファンにとっては
先生の死期が近づくリアリティーが凄すぎてまったく笑えない、
寧ろ薄ら寒いものになっているよね。

まったく「事実は小説より奇なり」を地でいったものになっている。



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