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文学・芸術

老人六歌仙 仙崖

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老人六歌仙

しわがよる ほくろができる 腰曲がる
頭がはげる ひげ白くなる
手は震う 足はよろつく
歯は抜ける 耳は聞こえず
目は疎くなる
見に添うは 頭巾襟巻
双眼鏡 たんぽ おんじゃく
しゅびん 孫の手
聞きたがる 死にともがなる 淋しがる
出しゃばりたがる 世話焼きたがる
くどくなる 気短になる 愚痴になる
心がひがむ 欲深くなる
またしても 同じ話に 子を誉める 達者自慢に
人は嫌がる

仙厓



仙崖義梵のプロフィール


1750年美濃国武儀郡高野村(武芸川町高野)字大野の貧農、井藤甚八の子として生まれる。

11歳のとき美濃の清泰寺の空印和尚について得度し、40歳のとき博多の聖福寺の第23世の法灯を継ぐ。
博多の仙崖と呼ばれ、権勢にこびず独自の境地で数多くの洒脱、飄逸な作品を描いた。俳画的な墨画に傑作を多く残した。法名は義梵。天保8年(1837)、88才で没。

近世禅宗の寺の鬼才として、駿河の白隠(はくいん)、越後の良寛(りょうかん)と並んで博多の仙厓と呼ばれ、広く世に知られた画僧仙厓。
禅の教えや日常の中に潜む様々な機微を、仙厓独特の軽妙洒脱な語り口で、大衆にわかりやすい書画に説きあらわした。

上の《老人六歌仙画賛》は「しわがよる。ほくろができる」から始まり「達者自慢に人は嫌がる」まで、人が老いるという現象について、ユーモアたっぷりに描いている。 思わず苦笑の言葉の数々。

こうした禅宗の高僧らしからぬ人間臭い人柄が、町民から武士、百姓、遊女にいたるまで幅広い人々に親しまれた所以なのだろう。

飄々とした絵とは裏腹に強烈な人生を歩んだ仙崖の生きざまがうかがえる。

堕胎に失敗し捨て子になるも死ななかったために近所の寺に拾われ才能を見込まれるが、学問で高名な寺に弟子にさせてもらおうとするも思い上がりと挫折の間を行き来し、肉欲と煩悩に翻弄されて精神をすり減らされていく。
苛烈なまでの修行の末に荒寺の再建を任されるようになりやがて飄々とした絵を描くようになっていく。

晩年の飄々とした人生がこれまでの苦悩の裏返しであることが伝わってくる。


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